2000年にリリースしたデビューシングル「箱根八里の半次郎」は、100万枚を超える驚異的なセールスを記録し、日本レコード大賞をはじめ数々の新人賞を獲得した氷川きよし。「やだねったら やだね」の歌詞が、流行語にもなるなど社会現象をも巻き起こす衝撃的なデビューは、普段は演歌を聴かない人たちまでの心を掴んだ。NHK紅白歌合戦には2000年より連続出場、2008年には大トリを務め、「限界突破×サバイバー」での衝撃的な演出によるステージを覚えている人も多いはずだ。そんな氷川きよしが、23年のキャリアに残した未配信楽曲589曲の音楽ストリーミングサービスでの配信がスタートした。
氷川きよしの活躍を見るたびに筆者はあるエピソードを思い出す。20年以上も前のある日、レコーディング・スタジオにある自動販売機でドリンクを何本も買い、胸に抱えてスタジオに入る一人の若者に遭遇した。スタジオの担当者に「新しいスタッフさんですか?」と聞くと、「いやいや、何言ってんの? いまめちゃめちゃ売れてる氷川きよしだよ。いつもああやってスタッフを労っているみたい。」と言われ驚かされた。大ブレイクしているのにも関わらず驕らない姿勢でスタッフを気遣う姿に、氷川きよしの人としての素晴らしさを感じざる得なかった。
歌のみならずそんな人間性までが氷川きよしの魅力であり、それが演歌ファンはもちろん、若い女性や子供まで大きな支持を集め続けている理由なのだろう。今回の特集はそんな氷川きよしのキャリアを振り返り、その中でも絶対に聴いておくべき歌を紹介していきたいと思う。
これぞ氷川きよしの真骨頂演歌
♫箱根八里の半次郎(2000)
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
氷川きよしは〈日本コロムビア創立90周年記念アーティスト〉という大きな冠のもと、2000年2月にデビュー。それまでの演歌歌手のイメージを覆すような茶髪にピアスというインパクトと、ファッション誌に登場するモデルのような雰囲気を身に纏っていた。 しかしデビューシングル「箱根八里の半次郎」は、昭和の時代に人々の心を躍らせた股旅演歌と言われる演歌のド定番曲。ミュージックビデオでは三度笠にわらじという装いで登場、そのギャップに驚いているうちに “やだねったら やだね”というサビのフレーズと印象的な振り付けが話題となり、普段は演歌を聴かない若者や子供までが口ずさむ社会現象を巻き起こしていった。そして新人演歌歌手としては異例中の異例のミリオンセールスを達成(現時点では160万枚)、日本レコード大賞の最優秀新人賞ほか、その年の主要音楽賞を総ナメにした。NHK紅白歌合戦に初出場を果たすと人気はさらに広がり、一気に国民的歌手としてのポジションを獲得していったのである。氷川きよしの登場は、当時の演歌界や音楽界に大きな衝撃を与えることになった。
♫きよしのズンドコ節(2002)
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
2ndシングル「大井追っかけ音次郎」も110万枚を売り上げ、2年連続で『NHK紅白歌合戦』に出場、その勢いはますます加速していく。そして2002年には誰もの胸に残る氷川きよしの大ヒットチューンとなる「きよしのズンドコ節」をリリース。その後の『紅白歌合戦』で3回も歌唱されたのだから、この曲がどれだけ多くの人に愛されたかがわかるだろう。第59回NHK紅白歌合戦(2008)は自身初の大トリとして歌唱、第68回NHK紅白歌合戦(2017)では、鯛や米俵など縁起物が積まれた金色の宝船に乗りながらのパフォーマンスを行い記憶に残るステージを作り上げた。「箱根八里の半次郎」と同様、この楽曲にも“ズンズンズンズンドコ”と誰もが口ずさんでしまうフレーズがあり、多くの人に愛される楽曲になっていった。その後も「きよしのドドンパ」(2004)や「きよしのソーラン節」(2007)など、聴く人を笑顔にさせ一緒に歌える歌をリリースするのだが、これこそが歌の真骨頂であり、氷川きよしの真骨頂なのだろう。「さあ、みなさんご一緒に」という氷川きよしの言葉に、どれだけ多くの人が元気になれたことだろう。
♫一剣(2006)
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
2006年は氷川きよしにとって忘れることのできない年になった。第48回日本レコード大賞において「一剣」が大賞を受賞する。演歌歌手の大賞受賞は1993年の香西かおりの「無言坂」以来の13年振りの快挙であり、「一剣」以降、演歌曲としての受賞はない。この楽曲はそういった意味でも演歌界のみならず、音楽界にとって文化的で歴史的な価値のあるものになりつつある。幕末の剣豪・島田虎之助の残した教えである“心正からずば剣又正しからず”をテーマに、男の生き様を描いた内容の「一剣」では凛とした袴スタイルの姿で歌う氷川きよしを見ることができる。“これぞ、2000年代のジャパニーズ演歌!!”という金字塔を打ち立てた歌が「一剣」なのだ。
演歌に新たな風を取り入れた意欲作たち
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
10周年を記念する第2弾シングルとして2009年にリリースされたのが「ときめきのルンバ」。これまでの直球演歌路線とは趣を変え、ルンバのメロディとリズムを取り入れた昭和歌謡風の新境地の楽曲だった。それはステージ・パフォーマンスやジャケット写真を見てもその意思表示は明確だったのがわかる。煌びやかなダンサー風衣装と帽子をかぶって笑う姿や、ステージでの軽快なダンスステップなど、それまでの氷川きよしと明らかに違う輝きを放つものだったように思う。さらに2010年には中近東のエキゾチックなテイストを取り入れ、より挑戦的な楽曲となった「虹色のバイヨン」をリリース。聞きなれないバイヨンという言葉も話題になったが、これはブラジルの二拍子で軽快なリズムが特色のダンス音楽のひとつ。 歌の中で“バイバイ バイヨン”を掛けて歌っているフレーズは氷川きよしらしさが全開だった。
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
2011年リリースの「情熱のマリアッチ」では、トランペットやギターなどが鮮やかな情熱的なメキシカン・テイストあふれるラテン歌謡を歌い上げている。少し大袈裟な話となるが、プレスリーが黒人音楽と白人音楽を融合させたり、マルーン5がロックとR&Bを融合させたように、演歌と世界中の音楽を融合させた一連の作品は、新たな平成歌謡ポップスを作り出した意欲作であるとともに重要な楽曲となっているのではないだろうか。
新境地を切り拓きながらも、これまでの氷川きよしも忘れることはなかった。新境地の楽曲と交互に、着物姿で歌う股旅ものの「三味線旅がらす」(2010)や、哀愁演歌の王道ソングとなる「あの娘と野菊と渡し舟」(2011)をリリース。これまでの氷川きよしも、新しい氷川きよしも振り幅のある魅力を発信することで、ますます歌の表現の幅を広げていくのだった。
新たに幅広い世代へ発信される氷川ミュージック!
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
氷川きよしの新たな取り組みはさらにパワーを増す。その象徴になった楽曲はなんといっても、人気アニメ『ドラゴンボール超』の主題歌となった「限界突破×サバイバー」(2017)だ。単なるアニメ作品主題歌にはとどまらない、氷川きよしの圧倒的なポテンシャルを見せつけた楽曲になっている。それもそのはず、この楽曲で氷川きよしは大きな変貌を遂げようとする覚悟を決めたのだ。激しいロックサウンドに妖艶な衣装とメイク。髪をかき上げ、激しく頭を振り、圧倒的な歌唱力でシャウトし歌い上げる姿はロックシンガーそのものだった。もはや「新しい方向性」という言葉で済ますことのできない、全く新しいアーティストとしての氷川きよしの誕生だった。そして2020年のNHK『紅白歌合戦』での「限界突破×サバイバー」のステージは伝説に残る圧巻なものだった。純白の衣装で力強く歌い始めると、間奏で激しいスモークを浴びながら真っ赤な衣装に早着替え、さらに金色の衣装に早替えして、最後はワイヤーアクションによるフライングにて歌唱披露するという大演出をやってのけたのだ。それはエンターテイナーという言葉が相応しいパフォーマンスだった。この姿を見て「コンサートに行ってみたい」と思った人も非常に増えたと聞く。デビュー18年目にして、氷川きよしは自らの限界を突破する覚醒をし、そして音楽がボーダレスであることをも証明してくれたのだ。
またこの時期にもう一つの新しいチャレンジをおこなう。「限界突破×サバイバー」のリリースとほぼ同じタイミングでリリースした「碧し」だ。この楽曲はGReeeeN作詞・作曲によるもので「音楽ジャンルの枠を超え、幅広いリスナーが共感できるような楽曲を制作したい。」という制作スタッフのアイデアだった。氷川きよし自身も出来上がった楽曲を聴くと、胸にくるものがあったという。
出典元:YouTube (氷川きよし公式チャンネル)
「限界突破×サバイバー」と「碧し」。この2曲は氷川きよしの歴史を変え、さらなる可能性を確実に高めていった楽曲となったのは確かだ。そしてこの経験が初のポップスアルバム『Papillon - ボヘミアン・ラプソディ』(2020)に繋がっていく。水野良樹、上田正樹といったバラエティー豊かなアーティストによる提供曲などで構成され、ロックあり、EDMあり、バラードありと、演歌だけでは表現できなかった氷川きよしの様々な魅力を引き出したものになっている。圧巻はアルバムのサブタイトルになっているクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。フレディ・マーキュリーのスターである立場と自身の苦悩を歌ったこの曲を、自分のものとして歌い上げる姿に胸を打たれる。彼自身、並々ならない想いを持って歌っていたのではないだろうか。
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
そして、氷川きよしは『Papillon - ボヘミアン・ラプソディ 』をリリースする際に、こんなコメントを残している。
演歌を20年歌って、いろいろな経験をさせていただいて、
そこからまた、次のステップに行くため
自分の中でのスタートを切るアルバムになりました。
20年という演歌のキャリアを持ちながらも、新たな氷川きよしを作ろうとする果敢なチャレンジ。自分のいた場所から違った場所に踏み出すのは相当な覚悟が必要なはずだ。しかし氷川きよしはそれをやってのけようとした。この挑戦は音楽エンタテインメントに関わる人はもちろん、多くの人に勇気を与えてくれたはずだ。
出典元:YouTube(氷川きよし公式チャンネル)
そんな氷川きよしだが、今年限りで歌手活動の休養を発表した。22年間歌い続けてきた中で、自分を見つめ直し、リフレッシュする時間をつくりたいというのが理由だ。悲しむ人たちも多いとは思うが、この休養期間中にたくさんのものを吸収して、また新たな氷川きよしとして登場してくれるかが楽しみでもある。その時は再び大いに刺激を与えてくれる存在となることだろう。まずは今年の『紅白歌合戦』で、紅白の枠を超えた「特別企画」として歌手活動休養前のラストステージを飾る姿をしっかり見届け、エールを送りたい。
