小林武史が語る「70(ナナゼロ)」への思い

  • 邦楽
柴那典

小林武史、ホリエアツシ(ストレイテナー)、大木伸夫(ACIDMAN)、黒木渚、桐嶋ノドカによる一夜限りのスペシャルセッションが、いよいよ配信スタート。「novem(ノヴェム)」としての名義で、コラボ曲「70」(ナナゼロ)が公開された。

KKBOXでは、戦後70年の時の流れを綴ったこの曲について、小林武史への独占インタビューが実現。楽曲の生まれた背景とそこに込めた思いを語ってもらった。


——今回のインタビューでは、この「70(ナナゼロ)という曲が完成した経緯、この曲で描いているものについてお伺いできればと思います。まず、最初のきっかけとしてはライブイベント「InterFM897開局記念〜 897 Sessions 〜」の企画があったということなんでしょうか。

そうなんですよ。話をもらって、まずはホリエアツシくんと、大木伸夫くんと、黒木渚ちゃんが出演することが決まりました。その時に「いいメンバーが揃った」と思ったんです。それぞれがアコースティック・セッションでライブをやることになったので、僕も今プロデュースをしている桐嶋ノドカという歌唱力のある新人の子を連れて出演するという構成になりました。



——ライブで共演するという話の方が先にあったんですね。

ただ、世代も違うし同じようなところにいる人達でもないけれど、相性が良さそうだと感じたし、せっかくこれだけのメンバー集まったんだから、何かしたいなと思って。

——そこでオリジナルの新曲を作ろうと。

そう。ライブのアンコールでカバー曲をやるとかじゃもったいないんじゃないかと思ったんですね。

――どんな曲をイメージされたんでしょうか。

世代も違うし、サウンドのスタイルも違うけれど、多様な才能が一つの方向で串刺ししたようなものを作れるんじゃないかと思いましたね。イベントの最後にそういうことをやると締まりそうだな、という。お客さんにとってはその場で初めて楽曲を聴くことになるんだけど、そういう体験も大事だと思うんですよ。音楽の役割もいろいろあるし、マスだけではない多様な音楽のあり方も考えていかなくてはいけないと思います。僕が今年にYEN TOWN BANDを復活させたことはそういう試みの一つでもありました。そういう意味では、大木くんもホリエくんも、感性が豊かで存在感のある活動もしている人たちだから。出口はありそうだなと考えていきました。

――どんなところから曲を作り始めたんでしょうか。

せっかくみんなでやるんだから、とにかくミーティングをしようということで集まりました。最初に「何かの循環のようなものが作れたら」という発想の話をしたんです。今年は戦後70年という一つの節目の年なので、時間や場所をバックグラウンドに、いろんな思いが循環していくような曲ができたらいいなと思っていたんですよね。そこで僕が昔『地下鉄(メトロ)に乗って』という映画の劇伴のために作ったメロディがあって、前からそのメロディは歌になると思っていたし、何かを橋渡しするようなイメージで作った曲だったので、ちょうど一つの物語の下敷きになるなと思って、みんなに聴かせました。


(YouTube : gagamovie)

——みなさんの反応はどうでしたか?

まず僕がそのメロディを生で弾いたんです。「このメロディをリレーみたいに歌っていくのはどう?」って言ったら、大木くんとホリエくんに、これはすごくいいから、このメロディを核にもっと広げてくださいと言われたんですよ。アレンジも構成も作って、それをもとに自分たちが歌詞を考える、と。そこから別のメロディも使うようにして、最初に『地下鉄に乗って』のメインテーマとして生まれたメロディがいくつかリピートされて、いくつかの形で出てくるような構造が見えてきて。全体の構成を作っていったら、これだけの大作になった。でも、10分を超える組曲になることは最初からイメージしていました。



――曲のテーマについてはどうでしょうか。

戦後70年という節目に、世代の違うミュージシャンが集まってどういう思いを抱くか。その思いがどう繋がっていくか。楽曲の制作は、それを探る実験でもありました。安保法案のことにしても、沖縄の基地の問題にしても、従軍慰安婦の問題にしても、近隣の国の方々とのことも、僕らが日本人であることを、いろんな意味で受け止めていかなくちゃいけないと思っているし。少なくとも、一人一人が何を感じるか、何を思うか、それを繋げるような試みが必要だと思ったんですね。ミーティングでもそんなに長い話はしなかったし、メールのやり取りでも詳しく書いたりしなかったけれど、みんなさすがにアーティストだから、今の時代に対して感じているものがあった。結果として、彼らが書いてきた歌詞の中に、悲しみもあったし、棘もあったし、願いもあった。それが面白いなと思ったんですよね。



——それぞれが曲のテーマに向き合って歌詞の言葉を考えたんですね。

僕が引っ張っていくという感じではなかったですね。自主的に動いていった。実際、僕は一つの提案をしたわけだし、最初のカードを配った人間として場の管理人のような役割をやっただけだったというか。そういう非常にいい流れでリハーサルから本番に臨んだんです。そこで最後に桐嶋ノドカも加わる形になって、彼女が進行役のような感じになってくれましたね。

――それぞれのボーカリストにはどんな印象を抱きましたか。

ホリエくんは透明感もあるけど、立ち上がりのよさというか、スピード感もある。だから、今回でもすごく激しい部分を請け負ってもらいましたね。優しくて、一方でキレがあってパンク的でもある。音楽的にものすごく動体視力がいいなと思います。旅人のようなイメージですね。大木くんには、どこかホーリーなメロディを提案してみたんです。彼はどんな表現にも大きな愛、独特の宇宙感みたいなものを感じる。彼も「宇宙を通して自分を表現するのが好きなんじゃなくて、それしかできないんです」と言っていた(笑)。奥深くて聖なる何かと繋いでくれるような魂の歌だと思う。黒木渚さんは望んだ通りのドライでシニカルな感じを持っていて。彼女にはいい意味での理屈っぽさ、批評性のようなものがあって、それが上手く出たと思いますね。

——それぞれ違うタイプのボーカリストですね。

それが実にいいバランスで、多面的な結びつきになったと思いますね。そして、曲の起承転結の転の部分で、それぞれの個性が混ざっていく。

——そうですね。4人が違うメロディと違う言葉を歌いながら、それが一つになっていくという後半のパートがとても印象的でした。これはどういうイメージで構成されていったんでしょう。

ここは偶発的なものを活かしたのではなく、実は計算して緻密に作っていきました。やりたかったのはカオスの中に何かの調和が存在しているのを証明する、というようなこと。ただのカオスではなくてね。だから、他のパートは歌詞を書いたり、メロディも一部を変えたりしたんだけれど、ここだけは、僕が作ったものをそのまま彼らが歌ってくれました。

——こういったセッションの曲では、たとえば「We are the world」のように、一つのメロディを多数のシンガーがユニゾンやハーモニーで歌うのがよくあるやり方ですよね。でも、この曲のはそれとは対極的な形になっている。それが、小林さんの仰る多様な個性が混ざっていくということの表現になっている。今までにない音楽のあり方だと感じました。

ありがとうございます。確かに、シンガーがこういう風に各パートを歌いわけて、役者のように全体の一部を担いながら一つになっていく、こういう表現の仕方も、音楽の多様なあり方としてあっていいことだと思いますね。今はスター主義も浸透して、わかりやすさが求められる時代になってしまっているところはある。けれど、もともと音楽はいろんな表現のやり方を探っていたところから生まれてきたものだから。音楽だけじゃなく、表現自体も、もうちょっと多様な在り方というものに手を伸ばしていくべきだろうなと思いますね。

——こうして、実際にライブで披露された楽曲が配信されたわけですが、そこに関しては、一度限りのものではなくいろんな方に届いてほしいという思いもあったんでしょうか。

あのライブを観てもらった人は、そこで普段なかなか感じたことがないテイストを味わったと思います。まずはライブをやったというのがよかったのかもしれませんね。あの場にいた人も配信でまた聴いてみようと思ってくれるかもしれないし、それもまた循環ですね。あの日はアコースティック・セッションだったし、リズムは無機的な音が並んでいるから、ボーカリストのエモーショナルな振り幅を考えると、きちんとレコーディングした音源を作ったら、また表現のあり方が変わってくると思います。そのあたりは、本人たちの希望も含めて、やるならやろうかなと思っていますけどね。

——今回の楽曲は日本だけじゃなく、KKBOXを通じて台湾やシンガポール、タイなどアジア各国にも配信されます。そういったところにどう届いていくかも興味深いですね。

ちゃんと伝えれば、海外でもこういう試みは面白いと思ってくれる人がいるかもしれないですね。こんなことを日本のアーティストたちがやってるんだって。通常のポップミュージックのあり方とはちょっと違うから、言葉の訳し方も含めて、どう伝わるかはまだわからないけれども、やっぱり1945年というのは大きな年だと思います。戦後70年を迎えた2015年は大きな節目になっていて、アジア全体を見て、過去をどうやって捉えていくのか、そして今をどう捉えるのかは、まだまだいろいろ考えるべきところが沢山あります。歴史的なことを除いても、音楽や文化のあり方についても、影響を与えあっていきたいと思っています。YEN TOWN BANDの復活ライブを「大地の芸術祭」でやりましたが、その芸術祭にも、アジアの人たちがとても多かった。中国や台湾にも、感受性の豊かな人が沢山いるんですよね。単なるビジネスやお金の力だけじゃない繋がりを作るためにも、創意工夫していきたいと思います。

柴那典

ライター/編集者。1976年生。 音楽に軸足を置きながら、いろんなことを書いています。 主な掲載先:『ナタリー』『nexus』『CINRA』『MUSICA』『marquee』『papyrus』などなど。 http://shiba710.blog34.fc2.com/ twitter:shiba710

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