日本が世界に誇るテクノユニット、YMOの歴史と魅力を再確認!

日本が世界に誇るテクノユニット、YMOの歴史と魅力を再確認!
森朋之
森朋之

細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一という世界的ミュージシャンたちによるYellow Magic Orchestra(イエロー・マジック・オーケストラ。以下、YMO)。テクノミュージックの元祖と称され、いまも世界の音楽シーンに大きな影響を与え続けている彼らの魅力を改めて紹介します。

 "イエローマジック"をテーマに米国デビュー!

1978年にリリースされたデビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』には、「東風(TONG POO)」「中国女(LA FEMME CHINOISE)」など“アジア”を想起させるナンバーが収録。ドラムは打ち込みではなく、全編に渡り高橋幸宏が演奏しており、ディスコ、フュージョン系のバンドというイメージも強かった。

 80年代の幕開けとともに大ブレイク。テクノブームを巻き起こす

YMOの存在が一般リスナーに浸透したのは、1979年秋に発表された『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』の頃から。「TECHNOPOLIS」「RYDEEN」などのヒット曲を収録した本作は、打ち込みのビート、シンセサイザーの無機質なメロディに象徴される“テクノポップ”というジャンルの先駆けとなった。もみ上げを切り揃えたメンバーの髪型は“テクノカット”と言われ、若者の間で大流行。YMOは社会現象となった。

 お笑い、アートなど幅広いジャンルとのコラボレーションも

音楽以外のジャンルのクリエイターと積極的に関わり、新しいエンターテインメントを生み出したのもYMOの大きな功績。そのスタンスがもっとも端的に示されたのが、小林克也、伊武雅刀が出演していたラジオ番組『スネークマンショー』とのコラボレーションによるアルバム『増殖』。ナンセンスで前衛的なコントとYMOの楽曲が組み合わされた本作は、大ヒットを記録した。

 最新鋭の機材を取り入れ、芸術性を極限まで深めた2枚の名作

1981年には、2枚のオリジナルアルバム『BGM』『テクノデリック』を発表。当時の最新機材だったプロフェット5(シンセサイザー)、ローランド・TR-808(リズムマシン)を使用、さらにサンプリングの手法を世界で初めて用いるなど、実験的なサウンドメイクが押し出された。ダークでシリアスな曲調のせいか、リリース当時は賛否両論を巻き起こしたが、筆者を含めこの2作を最高傑作に挙げるYMOファンは多い。

 80年代以降のJ-POPにも大きな影響を与えた実質的ラストアルバム

メンバーのソロ活動、他アーティストへの楽曲提供などを経てリリースされたシングル「君に、胸キュン。」を含むアルバム『浮気なぼくら』(1983年)で、YMOは一気にポップ路線に振り切った。テクノサウンドをポップスに取り込むスタイルは、その後のJ-POPの在り方を決定付けたと言っていいだろう。高橋幸宏のセクシーなボーカルも魅力的。 1983年に“散開”(解散)したYMOは、10年後の1993年に“再生”(再結成)。2007年からはYMO名義のライブを断続的に行っている。その影響は凄まじく、日本でも小山田圭吾、石野卓球、中田ヤスタカ、槇原敬之、宮沢和史、山口一郎(サカナクション)といった幅広いアーティストが、YMOから刺激を受けたことを公言している。そして2015年、ついにKKBOXでもYMOの楽曲が解禁。テクノミュージックによって世界の音楽シーンを変えたその歴史を、ぜひ追体験してほしい。

森朋之
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