深夜のラブソングから、歌詞と感情の時系列を追う

深夜のラブソングから、歌詞と感情の時系列を追う
kimkim
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その物語がいつ行われているものなのかを表す時系列の描写、というのは、J-POPの歌詞、特にラブソングにおいてとても重要な役割を持ちます。その物語が、いつ起こっているか分からない歌詞よりも、それが具体的にいつ起こっていることなのかが描かれているほうが、リスナーがよりその歌詞の世界に入り込みやすくなるからです。そこで今回は、様々な時間帯を歌った曲の中から、“深夜”をキーワードに、午前2時から4時の間が舞台となっているラブソングをピックアップ。そして、その歌詞における時系列と感情の動きについて、読み取ってみたいと思います。
ある一瞬の感情の変化を切り取ったラブソング
出典元:(YouTube:UNIVERSAL MUSIC JAPAN) ▼JAY’ED「また君と feat. Ms.OOJA」  最後の電車を逃して並んでる  うつむいた横顔に君の気持ちを探す 最終電車を逃した後に起こるドラマ、という、深夜のラブソングにおける鉄板とも言えるシチュエーションを描いたこの曲。最終電車を逃したことで、一度別れた相手と再び恋が始まる瞬間における感情の変化を、それぞれの立場から描いた、男女ツインボーカルならではの歌詞構成になっています。  今 午前2時の交差点で  あの頃よりも惹かれ合って  あと一歩進めば時計の針も進む  だから 今抱きしめたい “午前2時の交差点”という歌詞が、3度のサビに渡って使われているこの曲。“あと一歩進めば時計の針も進む”という歌詞からも伝わる通り、まさに時が止まったように、この曲では全編を通して、その午前2時という一点だけを切り取って描かれていることになります。一曲の中で、時系列としては動いていないのですが、しかしその中で揺れ動く、2人の感情が表現されているということです。もちろん実際には、そう想っている間にも時は着々と動いていることになりますが、逆に、2人の感情がぴったりと動いたのが午前2時だった、と考えると、切り取り方としてもより一層ロマンチックかもしれませんね。 このように、一曲全編に渡って時系列の進行のない、ある一瞬を切り取った歌詞でありながら、そこにいる登場人物の感情の変化を歌詞の進行の中で描く、というのは、J-POPにおけるラブソングの表現法の一つのパターンと言えます。歌詞においてとても重要な要素である、リスナーの“共感”を生むうえでは、その歌詞の登場人物に感情移入させることが何よりの近道です。その登場人物の感情の変化を読み取りやすくさせるために、あえて時系列を動かさず、感情の変化だけで物語を動かしている、というのは、この歌詞の共感における要素として、とても有効に作用してると言えますね。
止まったままの心境を表現するために、歌詞の中で動く時間
▼Aimer「AM03:00」  鮮やかに流れ出すヘッドライト  気持ちはまだ“帰りたくない”と  寂しげに遠ざかるテールランプ  気まぐれで不器用なダンス踊る 夜を歌うアーティストとして、その地位を確立しつつあるAimer。この「AM03:00」では、先ほどの“最終電車の後”といった描写から打って変わって、“ヘッドライト”や“テールランプ”といった、車を連想させるキーワードから、深夜のストーリーを表現させており、それまでに会っていた想いや、別れた後の心情を例えています。  AM00:00 想いを綴るだけ 期待だけして浮かぶ様な  AM01:00  AM02:00 まだ眠れずに 真夜中も越える様な  AM03:00 この様に、曲の中盤で大きく時系列が進行するのが特徴とも言えるこの曲。少し俯瞰した、回想シーンのようにも映るこの時系列の進行が、この曲のストーリーを構成しています。しかしながら、この曲のストーリーの中では、これだけの時が流れていながらも、主人公の心境が止まったままなのが印象的です。  君に伝えたかったのは 単純で 些細なこと  少し鼓動 加速してる 今更で きっと笑うよね 3度に渡り、Bメロは同じ歌詞だけで構成されています。つまり、1曲全編を通して、主人公の心境としては変化していないことになります。ただ、その“単純で些細なこと”を伝えられなかったことを、いつまでも悔やみ続ける主人公。その心境を、時間を追ってリアルに表現するために、あえて時系列だけを動かして描いているのですね。 ちなみにAimerは、これまでのフルアルバムで、「AM02:00」、「AM04:00」と、この前後のストーリーを連想させる曲も発表しています。この曲のストーリーと、主人公の心境の変化を、あわせて追ってみてはいかがでしょうか。
時系列と心境の変化が並行して描かれた名曲
最後に、時系列の変化と共に、主人公の心境の変化も綴った往年の名曲をご紹介します。
出典元:(YouTube:Utada Hikaru) ▼宇多田ヒカル「Movin’ on without you」  夜中の3時am 枕元のPHS  鳴るの待ってる バカみたいじゃない  時計の鐘が鳴る おとぎ話みたいに  ガラスのハイヒール 見つけてもダメ 会えない深夜だからこそ、連絡がないと不安になる…というのが、リアルな乙女心。“PHS”という単語が時代を反映するようでもありますが、携帯電話の普及以後における、深夜の恋愛感情というのは、やはり恋人からの電話をいつまでも待っている気持ちが起因になっていると言えます。その感情が絶妙に描かれたこの曲は、発売から17年という年月が経った今でも、多くの人の共感を生む名曲と言えるのではないでしょうか。  用意したセリフは 完璧なのに  また 電波届かない 午前4時  静かすぎる夜は 考えが暴れ出すの  分かってるのに 結局寝不足 この曲では、午前3時から4時までの一時間の心の動きが描かれています。実際、この間に起こる出来事は何一つないにも関わらず、それがかえって、その間の女性の恋心を大きく変化させることとなり、よりこのストーリーをドラマチックにさせています。  くやしいから 私から別れてあげる  いいオンナ演じるのも 楽じゃないよね  とまどいながらでもいいから 愛してほしい  そんなこと言わなくても わかってほしいのに 一度は“別れてあげる”と、強気な態度を見せながらも、一時間という時を追っていくごとに、徐々に不安な感情が増し、やっぱり“愛してほしい”という感情に戻ってくるのは、恋愛において多くの人が感じたことのある経験かと思います。そこが結果的に、幅広い層から共感を得られ、大ヒットに繋がったことは間違いありません。しかしその裏では、自身の恋愛感情と時系列の移動を並行して描くことにより、この曲のストーリーのリアルさを増幅させ、よりリスナーをこの物語に入り込みやすくさせるという、歌詞における戦略的な工夫がなされていたわけです。 J-POPの歌詞において、宇多田ヒカルの「Movin' on without you」は、時系列の移動が描かれた曲の中でもまさしく代表作であり、その後も様々なアーティストからカバーされる一因となっています。そしてこの手法というのは、現代のJ-POPシーンに至るまで、様々なアーティストの歌詞にも影響を与えていると言えそうですね。 歌詞の時系列を読み取ることは、自分がその歌詞にさらに入り込むということです。今回紹介したように、一曲の中で時系列が動く曲、一瞬を切り取った曲、さらにその曲の中での主人公の感情が変化する曲、など様々なパターンがあり、その動きを読み取ると、より一層その物語に浸れることでしょう。今回は、“深夜”を軸に、他にも様々な深夜の時系列が描かれた曲をピックアップしてみました。その時系列の描写と心境の変化に、ぜひ浸ってみて下さい。
kimkim
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