距離感を表す、人物移動の描写
歌詞のストーリーを動かす際のパターンとして、その中の登場人物が動くというのがあります。それは自身だったり、あるいは相手だったり様々ですが、実際に移動する誰かがいることで、初めて動く感情というのもあるのです。そしてその移動の中で、留まるものとの距離感を表したり、そこに用いる乗り物などを明確にすることでリアリティを生み、共感にも繋がります。今回はこのように、登場人物が曲の中で実際に移動している曲をピックアップしてみました。そんな、場所と感情の変化の対比や、乗り物などのディティールの表現を、ぜひお楽しみ下さい。出典元:(YouTube:kitchinshare) 遠距離恋愛の代表曲ともいわれるDREAMS COME TRUEの『大阪LOVER』。これまでにも多くありがちだった遠距離恋愛という題材を、大阪という距離感をハッキリと示したことと、ディティールを絶妙に表現し、具体性がより増したことで、遠距離恋愛を代表する唯一無二の名曲となりました。この曲の肝は、何より最初の1フレーズ目に集約されているといって過言ではありません。 ”最終に間に合ったよ 0時ちょい前にそっちに着くよ” メール短すぎたかな? わたしもそっけないけど 新大阪駅まで むかえに来てくれたあなたを見たら いつもはいてるスウェット 今日も家へ直行か… この曲では、わたしが最終に乗った瞬間に彼にメールを送るところから、物語がスタートするのですが、新大阪駅に向かっているということは、それが新幹線だということは容易に想像がつきますし、最終で新大阪に0時ちょい前に着く新幹線、となれば、東京を21時23分に出るのぞみ265号だな、最終の新幹線でわざわざ新大阪に向かうということは、主人公は丸の内で働くOLで、金曜日の仕事終わりに向かってるのかな、などと、ディティールの妄想をどんどん膨らませることができるのです。 この描写があることで、そのプロセスを想像すると共に、“わたし”に対して感情移入が生まれます。新幹線の中での描写はこの、たった2行だけなんですが、向かっている最中のドキドキする気持ちが伝わるには十分ですね。その気持ちを裏切るかのように彼はスウェットで来て、わたしは結局ガッカリさせられることになるのですが、このガッカリした気持ちというのも、その前のドキドキする感情を感じられるからこそ、その反動でより大きくなるものなのです。 近そうでまだ遠いか? 大阪 恋しくて憎らしい大阪! 曲の後半では、大阪に着いてからのエピソードや感情が綴られるこの曲ですが、それらが尊く想えるのは、大阪への距離感を感じられるこの構成があるからこそです。特にこの曲中では、彼は一向に大阪から動こうとしていません。だからこそ、自身がこれだけ動かされており、その距離をわたしだけが、大きく体感することになるのですね。 昨今の遠距離恋愛ソングは、会えない気持ちを電話やメールなどに託すことを歌った歌詞が多くなった傾向があり、このように、自らが会いに行き、かつそのプロセスを描いた曲は少なくなりました。 実際、全てにおいてこの曲と合致した経験を持つ人は少ないと思いますが、大阪でなくとも、遠距離恋愛の経験がある人の共感を生んだり、あるいは、遠距離恋愛も悪くないかも…という少しの憧れをも生みだしているのは、わたし自身が移動している間のディティールの表現と、その時間の感情移入があるからこそなのです。出典元:(YouTube:XTM301) 続いても遠距離恋愛の曲ですが、今度は“あなた”の動きを描いた曲。チャットモンチーの『バスロマンス』です。この曲ではまず、私自身が待つ立場であることを表現することで、その感情を表しています。 あなたを乗せてやってくる夜行バス ピンク色に見えました あなたを連れて走っていく夜行バス 灰色に見えました 早すぎる三日間 あなたを見送った帰り道 何度も後ろ振り返り無言で歩いた かつては歌詞の世界でも、夜行列車や飛行機などといった単語が多かった長距離移動ですが、現代においては夜行バスという表現も増えてきたようで、時代性も感じます。 こちらもAメロの対比が見事な曲です。あなたを運ぶ夜行バス。それを待つドキドキした私。あなたを運ぶ夜行バス。それを見送る切ない私。1つのセクションの中で、この両面の感情を並べて表したことが、後に生きる構成となっているのですが、それは、その間の“三日間”という時間を明確に表しているからです。この曲では基本的に、一緒にいる間の描写というものがないのですが、その、一緒にいる時間の表現だけを明確にすることで、“あなた”の移動をより尊いものにしているのです。 離れて過ごした三年間 あなたが来る日 こどもみたいに 指折り数えた あなたを好きでいてよかったな あなたを待っていてよかったな 新しいスタートラインから 今 走り出すよ二人だけを乗せて この曲は、チャットモンチーの中でも、幸せオーラが溢れ出ている曲として有名で、最終的に2人は、三年間の遠距離恋愛を終わらせ結ばれることとなります。しかし、そのようなハッピーな曲は、ハッピーな描写だけを描いていても人の心には残りません。この曲のように、冒頭の2人の距離感や、それを待つ自身の感情が描かれているからこそ、その反動で、より幸せを大きく感じられるようになるのです。 あなたを幸せにするからね 真っ白なバスに乗って 永遠を誓おう 隣どうし座って この愛を祝おう ちなみに、バスや電車、飛行機といった公共の乗り物が描かれた曲において、あなたと私、2人が隣同士で乗っている歌詞というのは、実は非常に珍しいのです。最終的に、2人でバスに乗れることが何よりの幸せだと感じられるのは、やはりこれまでに待ち、見送ってきた背景があるからこそ伝わってくるものなのですね。出典元:(YouTube:Prasetyo Edi) 最後に、こちらも自分自身が動いているのですが、向かっているのではなく、離れていってしまうように感じられる移動の曲を紹介します。 住みなれた この部屋を 出てゆく日が来た 新しい旅だちに まだ戸惑ってる 駅まで向かうバスの中 友達にメールした 朝のホームで 電話もしてみた でもなんか 違う気がした YUIが上京する際の気持ちを描いた『TOKYO』。夢を追って遠くへ行く感情を描いた曲も数多く存在しますが、この曲では全編に渡って、自分自身の移動中を表していることが特徴で、いる場所が徐々に移り変わっていくと共に、自分の感情も少しずつ移り変わっていく様を描いているのが秀逸です。部屋を出て、バスに乗って駅に向かい、ホームで電車を待つ。その距離と時間が、より不安な感情を生み、思わずメールや電話をしてしまう、という素直な行動がリアルですね。 走り出した電車の中 少しだけ泣けてきた 窓の外に続いてる この町は かわらないでと願った 古いギターをアタシにくれたひと 東京は怖いって言ってた この曲も『大阪LOVER』同様に、動いているのは自分自身なのですが、その対象を描くことで、自分自身が離れていってると感じさせています。冒頭の“友達”もそうですし、この“古いギターをアタシにくれたひと”も、その対象として存在しています。現地で留まる人を明確にするからこそ、自身が離れていってしまっているように感じられるのです。 このように、遠く離れた地元を持つ人が、上京する際の感情として共感できるポイントがいくつもあるこの曲ですが、この曲自身の主人公はまさしくYUI本人であり、向かう先となるのは、タイトル通り東京になるわけです。出発点は明確に描かれていませんが、YUIは福岡出身ですから、この曲のスタートも福岡から始まっていると考えると、福岡と東京の距離や、それに掛かる時間などをより深く感じられるのではないでしょうか。 登場人物の移動が、その物語を動かし、そしてそこで動かされる感情が、共感を生みます。今回は、自身や相手、それぞれが移動する曲について深堀してみましたが、他にも自身と相手が同時に動く曲だったり、車や飛行機が舞台の曲もあります。そのような曲もプレイリストにピックアップしてみたので、ぜひその登場人物の動きに注目して、聴いてみて下さい。
自身の移動を描くことで生まれるドキドキ感が、遠距離恋愛ソングの醍醐味
動くあなたと待つ私の、対比が生む尊い感情
自身が離れていくように感じられる曲には、そこに留まる対象の存在が不可欠