グラミー賞から見る明日の音楽シーン

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柴那典

世界最大の音楽の祭典、第60回グラミー賞の授賞式がニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催された。

結果はブルーノ・マーズが最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞の主要3部門を独占しノミネートされていた6部門全てを制覇。最優秀アルバム賞の本命と目されていたケンドリック・ラマーは主要部門の受賞を逃すも全5部門を受賞。最多の全8部門でノミネートされていたJay-Zはいずれの部門でも受賞を逃し、明暗わかれる結果となった。

ただ、実はグラミー賞のポイントは賞レースの結果だけではない。授賞式は単なる式典ではなく「世界で最も注目を集める音楽番組」でもある。特に近年においては、そこでどのアーティストがどんなパフォーマンスをするか、そこにどんな意味を込めたのかということのほうが注目を集めるようになっている。

そして、グラミー賞のパフォーマンスから透けて見えるのは「今、アメリカ社会はどんな問題を乗り越えようとしているのか」という問いだ。近年では同性愛や性的マイノリティをテーマにしたマックルモア&ライアン・ルイスの「セイム・ラブ」のパフォーマンス、黒人の人種差別「ブラック・ライブス・マター」運動にまつわるメッセージ性を込めたファレル・ウィリアムス「ハッピー」のパフォーマンスも大きな話題を集めた。

そういう観点から、今年最も絶賛を集めたのはアメリカのエンタテインメント界を揺るがす「#MeToo」や「#TimesUp」運動へのステートメントを堂々と示したケシャの「Praying」のパフォーマンスだった。




プロデューサーのドクター・ルークから性的暴行や虐待を受けていたケシャは、まさに「#MeToo」の当事者。「Praying」はそれらの壮絶な経験を綴った一曲。この曲のプレゼンターをつとめたジャネール・モネイのコメントも含め、セクシャルハラスメントの問題に対して男女の対立や憎しみではなく「力を合わせて因習を乗り越える」という方向を示し力強く勇気づけるパフォーマンスは大きな反響を呼んだ。

他にも真っ白な羽根が敷き詰められたピアノを演奏したレディ・ガガ、シンプルな姿で熱唱したP!NK、ムーブメントへの賛同を示す白い薔薇を衣服につけた観客のミュージシャンなど、「#MeToo」や「#TimesUp」運動は授賞式を通じた一つのテーマとして浮かび上がっていた。

また、オープニングから強烈なインパクトのパフォーマンスを見せたのがケンドリック・ラマーだ。「XXX」では星条旗を背景に、行進する兵士たちを用いたダンス・パフォーマンスを見せ、U2と共演。続く「DNA」と「King’s Dead」では和太鼓とコラボレーションを見せる。途中で登場した俳優/コメディアンのデイヴ・シャペルが「みんなに思い出して欲しいのは“アメリカの黒人男が正直になる”よりも恐ろしいたった一つのことが、“アメリカで正直な黒人男になる”ってこと」とコメントを挟む。息を呑む迫真のパフォーマンスだった。


ロジックとアレッシア・カーラ、カリードによる「1-800-273-8255」も感動的だった。自殺志願者の相談窓口の電話番号を曲名に、自殺防止を訴える歌詞を歌ったこの曲。グラミー賞授賞式では前年に亡くなったミュージシャンや音楽業界関係者を追悼するコーナーがあるのだが、そこで最後に紹介されたリンキン・パークのチェスター・ベニントン(彼は昨年7月に自殺で亡くなっている)の写真を背景に登場したロジックがこの曲をパフォーマンス。バックには「You are Not Alone(君は一人ではない)」と書かれた自殺未遂からの生還者たちが並ぶ。最後に彼が語った真摯なコメントも多くの共感を巻き起こした。



出典元:LogicVEVO


キューバ出身のカミラ・カベロのスピーチによって紹介されたU2も鮮烈だった。夕陽と自由の女神像の前の特設ステージで夕陽をバックに「Get Out Of Your Own Way」の演奏を見せ、最後にはボノが星条旗の模様をした拡声器を手に「乱暴者に祝福あれ。彼らはいつか自らの分身と闘うだろう」と叫び、大きなインパクトを残した。


出典元:U2VEVO


授賞式の最中には、ヒラリー・クリントンがトランプ大統領の暴露本『FIRE AND FURY』を読み上げるビデオが流れる一幕もあり、トランプ政権を批判する政治色の強い場面も多くあった。

ただ、こうした問題意識や社会的なメッセージを持つパフォーマンスが印象的だった一方、純粋な音楽の楽しさとエンタテインメント性を見せて絶賛を浴びたのがブルーノ・マーズだった。気鋭の若手女性ラッパー、カーディ・Bをフィーチャーした「finesse」は、90年代の人気コメディ番組『イン・リヴィング・カラー』を模したカラフルな演出、ダンスのキレの良さも含めて、やはり目が離せないものだった。


出典元:Vevo


他にもチャイルディッシュ・ガンビーノによる「Terrified」、SZAの「Broken Clock」、スティングとシャギーによる「イングリッシュ・マン・イン・ニューヨーク」、ルイス・フォンシ&ダディ・ヤンキー「デスパシート」など、数々の記憶に残るパフォーマンスが繰り広げられた今回のグラミー賞授賞式。これらのパフォーマンスから今のアメリカ社会が抱える問題、そして音楽の持つ力が見えてくるところが「世界最高峰の音楽の祭典」として注目を集める理由なのである。


柴那典

ライター/編集者。1976年生。 音楽に軸足を置きながら、いろんなことを書いています。 主な掲載先:『ナタリー』『nexus』『CINRA』『MUSICA』『marquee』『papyrus』などなど。 http://shiba710.blog34.fc2.com/ twitter:shiba710

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