向井太一にとっての「至福なオフ」〜ファッションとの付き合い方と、病んだ心の癒し方

向井太一にとっての「至福なオフ」〜ファッションとの付き合い方と、病んだ心の癒し方
矢島由佳子
矢島由佳子

ミュージシャンの「オン」と「オフ」を覗く、連載『至福なオフ』。「オン」のモードで作り上げた作品についてはもちろん、休みの日に聴いている音楽や私服のこだわりなど、「オフ」のことも伺います。今回のゲストは、9月18日にニューアルバム『SAVAGE』をリリースした向井太一さんです。


写真:関口佳代

どういうファッションが好き?

―向井さんはミュージシャンとして活動していながら、ファッショニスタとしての側面もありますが、ファッションも「自己表現のひとつ」という意識が強いですか?

向井:そうですね。ファッションやミュージックビデオ、アートワークなどによって、音楽の聴こえ方が全然変わると思っているので、音楽以外のアプローチも自分のアーティストの要素として大切に考えています。デビュー前からそうでした。僕はメジャーシーンにおいて、どちらかというとマイノリティー寄りの音楽性をやっていたので、逆に自分のビジュアルやファッションで、そういう壁を壊せるんじゃないか? ということを考えたりしていました。


―ミュージシャンとして活動する前から、もともとファッションへの興味は強かったんですか?

向井:もう、ずっと好きでした。そもそも親がファッション好きで、小さいときからちゃんと選んで着せてくれていたので、物心ついたときから「ファッションが好き」という感覚はあったと思います。高校生の頃とか、自分が持ってるお金のほとんどを洋服にかけていたのでかなり大変でしたね(笑)。

―たとえば、最新アルバム『SAVAGE』のリード曲“Savage”のミュージックビデオで着ている衣装は、自分でスタイリングされていますよね。これは具体的にどういうことを考えながら選ばれたのでしょう。

向井:自分の好きなやつを着る(笑)。ミュージックビデオのコンセプトから外れないように、とは考えるんですけど、自分の今の趣味という部分も大きいです。ずっと、トレンドとしても古着やスケータースポーツ系、オーバーサイズなものが多くて、自分も一昨年とかはスニーカーを履いてニットキャップをかぶっていたんですけど、今は逆にモード寄りにして、サイズ感もタイトにして。音楽もファッションも、どこかしらトレンドの隙間を見つける癖があるんですよね。


出典元:YouTube(向井太一)

―あのミュージックビデオのなかで履かれているヒールは、向井さんだから似合うものであって、誰もが履きこなせるものではないなと思いました(笑)。向井さんのなかで「衣装」と「私服」のあいだにはどういう境目がありますか?

向井:ないんですよ。あのヒールも普段から履いてます。今日の私服はめちゃくちゃシンプルなんですけど。

―今日の服は、どういうことを考えながらスタイリングされました?

向井:いつも、どこかしらに上品さを入れたいと思っていて。今日は、トップスはバスク系のカジュアルな感じなんですけど、パンツはトラウザっぽいキレイめで、シューズはJIMMY CHOOのドレスシューズ。この格好で普通に白スニーカーとかだとカジュアル寄りになるけど、このシューズだけで一気にどこでも行けちゃう感じになるんですよね。抜け感とカチッとした感じのバランスというか、きめすぎず、でもちゃんと上品で上質さを損なわない、というのが好きですね。




オフの日、なにしてる?

―「至福なオフ」という連載名にちなんで、向井さんにとって一番「至福」な休みの日の過ごし方を教えてください。

向井:休みの日は、しょっちゅう服屋さんに行ってるし、アートギャラリーとかもよく行きます。あと、食べることがすごく好きなので、友達を誘ってどこかへ行ったりもするし、一人でいろんなところへ行ったりもします。青山にすごく好きな蕎麦屋さんがあって、青山で買い物したりぶらぶらしたりするなかで、昼に一人でそこへ行ってビールを飲みながら蕎麦を食べる、というのはすごく至福ですね。昼に一人で飯食いながらビールを飲むって、マジで最高ですよね?(笑) 夜は人と会いたくなるんですけど。



オフの日に聴きたい曲

-今回KKBOXのプレイリストを作るにあたって、「オフの日に聴きたい曲」をテーマに選曲していただきました。休みの日にはどういう音楽が聴きたくなりますか?

向井:最近の気分としては、ミドルテンポで程よいビート感があって、でも疲れない、というものにすごくハマっているんです。休みの日で「今からなにしよう?」というウキウキ感もありつつ、BGMとしても聴けるものを選曲しました。



向井:Sam Smith“How Do You Sleep?”は、前作『The Thrill of It All』はめちゃくちゃ暗くてどちらかというと彼のルーツ的な音楽性が色濃く出てたんですけど、この楽曲はもうちょっと初期のクラブミュージック的なノリというか、Disclosureと一緒にやってた時期を思い出す音色があるんですよね。ミュージックビデオもめちゃくちゃ好きで、何回も繰り返して見たくなります。


出典元:YouTube(Sam Smith)

向井:Jorja Smithも、前作『Lost & Found』はすごく好きでよく聴いていたんですけど、どちらかというとソウル系のものを歌っていて。でも“Be Honest (feat. Burna Boy)”は、流行りのビート感というか、レゲエの要素や民族的なビートがあるんですよね。今のヒットチャートってこういうビートが多いんですけど、それをJorja Smithがやったらこんなに最強なのか、っていう。流行りのビート感をやっても、消化されにくい音楽だなと思ったんですよ。時間が経っても「あのときに流行った音楽だよね」という感じにはならず、ずっと聴けるようなものだなって。


出典元:YouTube(Jorja Smith)

向井:Mahaliaの“What You Did”は、Ella Maiとのフィーチャリング曲なんですけど、この2組って、新しい要素はありつつ、90年代とか2000年代のR&Bの感じがすごく強くて。ここ最近って、R&Bとヒップホップの境目がすごく曖昧だし、シンガーもラップするしラッパーも歌う、ってなってますけど、彼女たちは王道のR&B感もあるんですよね。今っぽいフロウもありつつ、フックは「めちゃくちゃ懐かしい、この感じ!」みたいな。今話した3曲は、「バランス感」みたいなものが本当に好きです。


出典元:YouTube(Mahalia)



最新アルバム『SAVAGE』について

-「バランス感」というのは、向井さんの最新アルバム『SAVAGE』にも通ずるワードだと思います。世界的なトレンドのビート感がありつつ、メロディーには歌謡曲的な要素やJ-POPらしさがあって、実はすごく斬新なビートやサウンドも取り入れたトラックになっているのに、普遍的なポップスに聴こえる。アルバム全体においてそういう印象を持ったのですが、実際、どんなことを目指してサウンドメイクをされましたか?

向井:トラックは海外の要素を含みつつ、おっしゃったように歌謡的な部分をあえて入れたりして、そのバランスが面白いもの、他のアーティストにはないものにできたんじゃないかなと自分でも思っています。さっきも言ったように、トレンドの隙間を探してはいたんですよね。今世の中って、バンドもヒップホップも、どちらかというとチル寄りのものが多くて。トラップの流行が落ち着いてから、どちらかというと気持ちよくて「ゆったりみんなでハッピーになっていこうよ」みたいな音楽が多いと思う。それもすごく好きだったんですけど、自分は次に何をやりたいかなと考えたときに、チルアウトの曲はもうそろそろいいかなと思ったんです。

―貪欲な姿、前向きに足を進めていく姿も見せている一方で、アルバム全体的に「寂しさ」「独り」な感じが漂っているなと思いました。その感じは、どういう気持ちから出てきたものだと思いますか?

向井:今回は「Savage」(「未開の地へ挑む野心」を意味する)というコンセプトから決めたんですね。そのときに自分が、病んでたというか落ち込んでいて。僕はソロシンガーなので、周りにたくさん人はいつつ、勝負する部分はやっぱり一人で戦わなきゃいけない……なので、自分の中にある「孤独」の部分を歌いたいという気持ちがすごく強かったんです。そういうメッセージをしっかり音としても聴けるようなものを作り上げたくて、歌詞とサウンドのバランスを特に重要視して作った作品だと思います。

―なにに病んでたんですか?

向井:活動をしていくなかで、自分が理想とする場所になかなか到達できないっていう。ちょっとずつ知られてはいるものの、理想と比べたときに、今の状況に満足ができていない。しかも今、同世代とか同時期にデビューした人たちがどんどん上に上がっていて、そんななかで「自分にはなにができるんだろう」って考えたら、自分がすごく平凡な人間に思えてきちゃって……。昔から結構器用なところがあって、わりとなんでもある程度のクオリティのものは作れていたから、「もしかしたらその器用さでやれてるだけで、本当はミュージシャンとしての才能はないんじゃないか」とか。今、音楽を聴いてる人もミュージシャンも、すごく感度が高いから、そのなかで自信とかミュージシャンとしてのアイデンティティを失いかけていたんですよね。でも、自分が音楽家として生きていくために、今これを曲にしなきゃいけない、それ以外のことはできないなっていうのが、今回のアルバムにつながっていると思います。

―アルバムの資料には「夢を掴む為には代償をも伴い、今より成長して行く為には背水の陣を敷いて、[survive]生き残っていかなくてはならない。そんな[age]世代の先頭に立ちたい」といった言葉を綴られていますが、「27歳」って、ミュージシャンに限らず、たとえば会社に就職した人にとっても、「新人」「若手」の枠から外れて、「自分はなにができるのか?」「自分が戦える武器はなんなのか?」を社会のなかでグサリと問われ始める時期だなと思います。

向井:そうですよね。資料には「ネガティブな沸点からポジティブなパワーへ」って書いているんですけど、実はポジティブになってるわけではなくて、一歩間違えたらまた落ち込んだり消えてしまいたくなったりするところにいるんです。でも、それをパワーにして、ボロボロになりながら進んでる感じを出したくて。「ポジティブで、ハッピー、最強!」というわけじゃなくて、自分のなかにある武器だけを持って、死ぬまでやってやる、という感じなんですよね。


―KKBOXは台湾を拠点とするサービスですが、向井さんは今年の春、台湾・中国・韓国の計6会場でアジアツアーを開催し、中国3会場は全公演ソールドアウトを記録しました。そこではどんな刺激を受けましたか?

向井:日本のライブよりも歓声がものすごくて(笑)。中国は特に、アイドル的に僕のことを見てくれていて、熱狂的な人がすごく多かったですね。みんなが合唱してくれたのも、不思議な感覚で。自分が行ったことのない土地で、自分の音楽が広がっているのは、本当にありがたいことだなと思いました。

―さきほど言ったみたいに、海外の人もノリやすいビートが鳴っていながら、やはりメロディーの部分が新鮮に聴こえるんですかね?

向井:イギリスのラッパー・Jevonとフィーチャリングをやったときに、それを言ってましたね。僕の曲のメロディーが、すごく不思議に聴こえるって。だから最初から「日本語で歌ってほしい」というオーダーだったんです。自分のなかで、どうやって日本人が世界で勝負していけるのかをずっと考えつつ、どこか諦めてた部分があったんですけど、今は、日本語の面白さやメロディーの魅力って意外にあるんだなと思えています。



プロフィール

1992年3月13日、福岡生まれ。シンガーソングライター。幼少期より家族の影響でブラックミュージックを聴き育つ。その後、地元の音楽高校へ進み、卒業後、2010年に上京。ジャズとファンクをベースとしたバンドにボーカルとして加入し、東京都内を中心にライブ活動を経て、2013年より柔軟に音楽の幅を広げる為、ソロ活動をスタート。2019年にはビルボードでのワンマン公演や台湾、中国3都市、韓国をまわるアジアツアーを完走するなど、ライブ活動をメインにジャンル問わず様々な仲間と繋がり継続的にシーンを構築。ハイブリッドなアーティストとして、更なるステータスを目指す為、アグレッシブに活動している。2019年9月18日に3rdアルバム『SAVAGE』をリリースし、全国6か所をまわるリリースツアー『ONE MAN TOUR 2019 - SAVAGE -』を開催する。
http://taichimukai.com/



矢島由佳子
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