ゆず『図鑑』全曲解説|2年ぶり18枚目のアルバムを全編徹底深掘り
長きにわたりJ-POP界の第一線を走り続けるフォークデュオ・ゆずが、18thアルバム『図鑑』をリリースした。デビューから現在に至るまで、ゆずは様々なジャンルの音楽にトライしてきた。今作ではこれまでの音楽遍歴を網羅しつつ、普遍的なメッセージを “記録” したアルバムであることから『図鑑』と名付けたという。この記事では、ゆずのこれまでの歩みを振り返ったうえで、最新作『図鑑』の収録曲を紹介したい。
ゆずは、北川悠仁と岩沢厚治によって1996年3月に結成された。結成後すぐにオリジナル曲を作り始めた2人は、神奈川県横浜市伊勢佐木町で路上ライブ活動を開始。最初は客もまばらだったが、次第に注目を集める存在となった。1997年にインディーズデビュー、1998年6月にリリースされた1stシングル「夏色」のヒットを経てその名を全国に広げた彼らは、路上ライブを “卒業” することに。1998年8月30日に行われた最後の路上ライブでは、台風接近中にも関わらず約7000人を集め、伝説のライブとして今も語り継がれている。また、ゆずの躍進をきっかけに、路上ライブブームが興り、いきものがかり・コブクロなどストリート発のポップミュージシャンが続々と誕生した。
“ゆずっこ”と呼ばれるファンの輪はその後もどんどん広がり、ライブ会場はホールクラスからアリーナクラスへと拡大。2001年に初の東京ドーム公演、2005年に初の日産スタジアムを実現させたほか、2019年には、日本のミュージシャン史上初となる弾き語りドームツアーを開催し、大成功を収めている。
「サヨナラバス」(1999年)、「桜木町」(2004年)、「虹」(2009年)、「表裏一体」(2013年)など数々のヒット曲を世に送り出し、“ポップソングは時代とともに” という考えのもと、少なくとも二年に一枚のペースでオリジナルアルバムをリリースしているゆず。なかでも、NHKアテネオリンピックの公式テーマソング「栄光の架橋」(2004年)は、選手たちの姿や刈屋富士雄アナウンサーの名実況とともに記憶に刻まれている人も多いだろう。
彼らのキャリアにおいても欠かせない代表曲のひとつとなり、デビュー20周年の2017年に『第68回NHK紅白歌合戦』で初の大トリを務めた際には同曲を歌唱した。
北川と岩沢によるハーモニーを主軸としつつ、“このハーモニーさえ確かなものであれば、あとは何をしても大丈夫” という具合に、どんなジャンルにも果敢に挑戦する姿勢は逞しい。音楽性拡大のきっかけとなった転換点は主に2つ。1つは、8thアルバム『WONDERFUL WORLD』(2008年)から外部のコンポーザー・アレンジャーとの共作も積極的に行うようになったこと。この頃すでに人気デュオであった2人が、現状維持に留まらず新しい楽曲の在り方を模索し、ゆずが奏でる音楽の可能性を拡大させることに繋がった。以降、現在に至るまで、多くのクリエイターを迎えてカラフルな楽曲を並べるアルバム制作方式が採用されている。
また、2020年に起きた新型コロナウイルス感染症の拡大も転換のきっかけとなった。他のアーティストと同様、ゆずもしばらくライブ活動ができずにいたが、そのエネルギーを楽曲制作に全て注ぎ込むことで自らの音楽性が広がった。その先で誕生したのが、2022年リリースの16thアルバム『PEOPLE』、17thアルバム『SEES』である。ゆずが1年で2作のオリジナルアルバムをリリースするのはこの時が初めてだった。
今回リリースされた『図鑑』は、『PEOPLE』『SEES』以来2年ぶりのアルバムだ。Teddyroid、須藤優(XIIX)、トオミヨウ、PRIMAGIC、sugarbeans、斎藤有太といった錚々たるクリエイター陣とゆずの2人が生み出した全11曲を紐解いていこう。
1. Overture -harmonics-
アルバムの冒頭を飾るインストトラック。チューニングを合わせるように、ピアノとギターがEの音を出すところから始まりつつ、やがて複数の楽器の音が重なり、メロディも奏でられる。音楽で描く世界を広げながら、次曲「図鑑」へと繋げている。
2. 図鑑
今作の表題曲。図鑑を開いて新たな知識を獲得することと、人との出会いによって自分の世界が広がっていく人生の在り方が重ねられていて、〈めくるたび広がる/まだ知らない謎だらけの世界〉に対する高揚感が歌われている。リリースのたびに様々なタイプの楽曲に挑戦するゆずのクリエイターマインドを表している曲でもあり、アルバムの導入にぴったりの1曲と言えるだろう。〈飛び込む未来へ〉〈覚悟を決めて dive〉といったフレーズとコズミックなサウンドの相性は抜群だ。
3. 伏線回収
ドラマ「南くんが恋人!?」の主題歌として現在オンエア中のサマーソング。〈湘南〉と〈どーなん〉で韻を踏むなどラフな言葉遊びでいつもより心が浮かれがちな夏特有の空気を表現しつつ、〈燦燦 お天道様に 中指立てたくなるリアル〉と近年の酷暑にも対応した、令和仕様のサマーソングだ。主人公は片想い中の男子で、〈散々ばら 今日までが まるで長い前フリみたい/目の前に君が現れて これで全部伏線回収?〉と恋が実ることを夢見ている。将来の “伏線回収” を信じて、上手くいかないことがあっても頑張っている様子がかわいらしい。恋の結末は楽曲内では描かれていないが、果たして。
4. Chururi
〈Churu Chu Chururu Chu〉というメロディとストリングスのフレーズが舞うイントロから軽やかなテンション。日々の忙しなさやほろ苦さにも目を向けつつ、リスナー一人ひとりの日常に寄り添い、爽やかな風を届けてくれる一曲だ。〈描いていたシナリオと 現実のストーリー/「まぁ、これはこれ」悪くないさ〉〈ぶつかって重なって 積み上げてくめくるめくハーモニー 風の五線譜に乗って 君を想いながら明日へ運んでゆく〉など、今を愛したいと思った時に手助けになってくれる言葉が詰まっている。
5. 花言霊
生命の営みを描いた神秘的な楽曲。ループトラックによる抑制を効かせたAメロと、Eマイナー→Gメジャーと転調しながら、岩沢の高音とともに突き抜けるサビとのコントラストが鮮やかだ。2番にはバイオリンとピアノのアンサンブルをきっかけとした新展開があり、さらなる深みへと誘われる。この間奏が8分の6拍子のため、サビで再び4分の4拍子に戻る際にボーカルの入りが変則的になるが、違和感のない合流になっている。ボーカルのリズム感の良さやアレンジメントの妙を感じさせられた。
6. Frontier
「NBA Japan Games 2022」公式ソング。「栄光の架橋」をはじめ、アスリートを応援する曲をこれまでにも制作してきたゆずだが、この曲ではバスケットボールからインスピレーションを得て、リズミカルでスピード感のある曲調に仕上げた。アイリッシュもウエスタンも呑み込んで自由自在に変化するサウンドを、ラップを交えつつ乗りこなすツインボーカルは、まさに開拓者精神を体現している。
7. つぎはぎ
アルバム収録曲中唯一岩沢が作詩作曲を担当。アコースティックギターによるバッキングと2人の歌から始まるブルースで、現代日本にまとわりつく閉塞的な空気について、シニカルな目線から歌われている。ノアの方舟や椅子取りゲームに例えた表現は特に痛烈だ。メッセージ性は強いが、あくまでポップに昇華されており、「北川と岩沢のハーモニーさえ確かなものであれば、ブレずにゆずの曲になる」というユニットの強さを感じさせてくれる曲でもある。オチの温度感もちょうどいい。
8. SUBWAY
「横浜市営地下鉄の不思議な雰囲気を曲にしたい」「『SUBWAY』というタイトルで曲を作れないだろうか」という以前から北川の中にあったアイデアが形になった曲。〈ここはまるでYouTubeで見た 都市伝説の地底世界みたいだ〉という現代的な歌い出しから入りつつ、忙しない地上を一時的に離れ、地下鉄に揺られながら内省する主人公の心が歌われている。キャリアを重ねて円熟味を増した今のゆずだからこそ歌える、労働歌としてのフォークソングだ。アレンジも、アコースティックギターやハーモニカの存在感を際立たせた、ネイキッドなテイストに仕上げている。
9. 十字星
高橋大輔主演のアイスショー「氷艶 hyoen 2024-十字星のキセキ-」の主題歌として書き下ろされた曲。十字星をモチーフに人と人との絆について歌われている。いつでも近くで光ってくれているように思えるが、実は何万光年も離れたところにある星になぞらえた〈手を伸ばせばほら 届きそうになるのに/追いかければどうしてまた 離れてゆく〉という表現は、あまりに切ないものだ。やがてそこから、どんなに遠く離れていても同じ星空を見上げられることに希望を見出す展開となっており、北川、岩沢の力強くも伸びやかな歌声も相まって、前向きな余韻を残してくれる。今は離れているがずっと大切に思っている人、なかなか連絡をとれていない友人などの存在を思い出しながら聴いてみてほしい。
10. Interlude -harmonies-
1曲目の「Overture -harmonics-」とリンクしたインストトラック。「Overture -harmonics-」と同様、ピアノのEの音から始まるが、こちらのトラックでは北川・岩沢の歌声が重ねられているのが大きな違い。2人のハーモニーとドラマティックなサウンドで“調和”のイメージを体現しながら、次曲の「ビューティフル」へ繋げている。
11. ビューティフル
フューチャーハウスをベースにした人間讃歌。デジタルサウンドをふんだんに取り入れつつも、ボーカルは息遣いが伝わってくるテイクになっていたり、ギターソロがかなり前面に出ていたりと、フィジカルも削ぎ落とされていないため、全体的に熱量が凄まじい。テンポアップを経て駆け抜けるように終わるため、落ち着いて聴き終えられる感じではなく、むしろ胸をざわつかせられるくらいだ。〈君は何を思う?〉〈決めるのは君次第だ〉といった歌詞の通り、この生々しい余韻の中であなたが何を考えるのか、きっとゆずは問うているのだろう。
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