ヒップホップ大国・台湾を語るなら、まずは「KAO!INC.」から

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丸屋九兵衛

「ヒップホップ台湾」を牽引するレーベル、KAO!INC.

わたしこと丸屋九兵衛は、主にアメリカのヒップホップ/R&Bを扱う(雑誌改め)ウェブサイト『bmr』の編集部員である。

だが、10年ほど前に初めて台湾を訪れた時、台北を代表するナイトマーケット「士林夜市」に、アメリカ南部を代表する(ガラ悪い系)ラップ・グループ「スリー6マフィア」の来台公演ポスターが多数貼り出されていることにショックを受けた。

そんな目で見つめると、台湾が驚くほどにヒップホップに満ちた場所だということがわかってくる。 便當(弁当)屋のおっちゃんが店内で、地元ラッパーのフリーダウンロード・アルバムを聴いていたり。 台北随一の繁華街「西門町」の映画館ストリートに、グラフィティ(スプレー缶によるヒップホップ・アート)のギャラリーが設けられていたり。

それが台湾である。

そんな台湾に息づく地元ヒップホップ・シーンというものをわたしに教えてくれたレーベルがKAO!INC.(顔社)であり、初めて出会った台湾人ラッパーが、そのKAO!INC.のSoft Lipa(蛋堡)だ。現在の台湾ヒップホップの盛り上がりを築いた最大の功労者がKAO!INC.であり、Soft Lipaだと言っていいだろう。 KAO!INC.の音楽は、決してポップではない。だが、特にSoft Lipaは、ジャズのサンプリングも駆使したサウンドに飄々としたラップで、ポップなくとも軽妙かつ都会的、親しみやすさは充分にある。

KAO!INC. オン・ステージ

そんなKAO!INC.の初来日公演は、東京では2017/12/15(金)に原宿アストロホールで、大阪では12/18(月)にはOSAKA MUSEで行われた。私が見たのは東京公演だ。 「レーベルの公演」という発想自体が、ヒップホップならではの現象かもしれない。このジャンルでは、往々にしてレーベルとクルーが同意義であり、一体となって行動することが珍しくないからだ。

登壇アーティストは4組。

Soft Lipa 蛋堡(ダンバオ)

ラッパーにしてプロデューサー、台湾ヒップホップを代表するアーティストの一人。ヒップホップ界の仲間たちから熱く支持されている。それを象徴するのが、シングル「史詩」のビデオ。有名ラッパーたちが続々とSoft Lipaの代わりにリップシンク、本人は最後の20秒ほどでやっと登場!という豪華なものだ。



國蛋 GorDoN(ゴードン)

「レーベルの裏の顔」とも呼ばれるラッパー。ハードコアだがユルユルとしたラップが、別名「ドクター・ペイパー」の所以だろうか(何のための紙なのかは申しますまい……)

李英宏 YINGHUNG aka DJ Didilong(インホン/DJディディロン)

長身、ハンサム。80年代ファンク直系のサウンドに、漂うような歌ラップを乗せる異才。

夜猫組 YEEMAO(イェマウツー)

ユーモラスなラヴソングからハードなナンバーまでこなす、短髪のLeo王(リオ・ワン)と赤髪の春艷(チュンイェン)のコンビ。

そんな彼らのステージは、4アーティストがかわるがわる登場する入り組んだものだった。Soft LipaがラップするときはGorDoNがサイドラッパーとして支え、夜猫組のステージでは李英宏がバックシンガーを務める……というように、入れ替わり立ち替りお互いをサポートし、「レーベルとクルーが同意義」を証明する場面が続く。

日本在住の台湾人が大半を占めると思しきオーディエンスの反応は、さすがにバツグンのものだった。前奏が流れただけで歓声が上がるのは、やはり圧倒的にSoft Lipaだ。だが、要所要所で客を湧かせるGorDoNも負けていない。そして、そのマスクも含む存在感で女性ファンをキャーキャー言わせていたのは李英宏。一方、アメリカの現行ヒップホップに最も近い感性で、パーティー気分を盛り上げるのは夜猫組だ。というわけで、四者四様の持ち味が発揮される一夜となった。そして、2時間以上のあいだ、彼らのパフォーマンスを支え続けたDJ Mr. Gin(彼は彼で、台湾ヒップホップ界の偉人である)のターンテーブル巧者ぶりも、相当なものだった。

終盤は、Soft Lipaとコラボレーション・アルバム『経典』を出したほど縁が深い日本のクラブジャズ・バンド「JABBERLOOP」のホーンセクションが友情出演。共演曲「過程」で、この日のライブが締めくくられた。

インタビュー:YINGHUNG aka DJ Didilong

終演後、注目の李英宏に話を聞いてみた。

——あなたのデビューアルバムのタイトル曲「台北直直撞」には衝撃を受けました。まるで80年代初頭のファンク・バンドのようで。

「高校の時、ポッピン・ダンスをやってる友たちとよく遊んでいて、その時に多くの80年代ファンクを知った。アメリカ西海岸のヒップホップ、G-Funkを通じて、70年代から80年代のブラック・ミュージックに触れた、という面もある」

——キーボード演奏も、ビートのプログラミングも自分で?

「そう! 音楽に飢えていた時期に、自分のイマジネーションを表現する手段をたくさん習得したんだ。電子楽器からリアルな楽器まで」

——外見も歌ラップも、典型的なヒップホップからは程遠いですよね。それはなぜ?

「僕はいろいろな音楽の影響を受けている。ポップミュージック、アニメソング、ロック、フランスの電子音楽……。でも自分の曲を作り始めたのは、ヒップホップのおかげだった。音楽理論の素地がなくても自分の考えを自由に表現できるのが、ヒップホップの魅力だ」

名物社長の思惑と、台湾ヒップホップの明日

コンサートでいい味を出していたのが、途中で登場して達者な日本語スピーチを披露したKAO!INC.の名物社長、デラである。

ライブの後の打ち上げの席で、そのデラに日本のヒップホップ市場での勝算を問うてみた。すると、意外な答えが返ってきたのだ。

「いや、正直に言うと日本のヒップホップ・マーケットのことはよく知らないんだ」

つまり、日本マーケットに殴り込みだ!……と意気込んで敢行したコンサートというわけではないらしい。そう言われてみれば、これは「来日ツアー」ではなく、「ワールドツアーの一環としての日本公演」なのである。 彼らの巡業先は地元台湾とアメリカ、中国と日本に限られているが、世界に広がる中華圏をメインマーケットと想定した(それはそれでグローバルな)スタイルを貫いており、来日公演でも日本に合わせたローカライズは特に試みていない。 それはたぶん、彼らがありのままで絶好調だからだ。

今年7月に台湾音楽界の大物が来日して講演した際、「今の台湾はヒップホップが熱い」と語っていた。「注目すべきヒップホップ・レーベルが4つある」とも。 その話その話を音楽業界の知人にしたら、彼はこう言ったのだ。を音楽業界の知人にしたら、彼はこう言ったのだ。

「じゃあ台湾では本当にヒップホップが盛り上がってるんですね。だって今の日本にヒップホップ界4大レーベルなんてないでしょ?」

デラ社長とわたしの会話に戻る。KAO!INC.の初期作品であるSoft LipaのEP『黄金年代』(07年作)に話題が及ぶと、彼は言った。

「俺たちは今こそ、台湾ヒップホップのゴールデン・エイジを生きているんだと思う」 日本にいながらにして、その黄金時代の熱を体感できる貴重な機会。今回のKAO!INC.来日公演は、それに尽きるのではないか。

丸屋九兵衛

丸屋九兵衛 QB Maruya(まるや きゅうべえ) 台北を「away-home」と呼ぶ男。ヒップホップ/R&B専門サイト『bmr』の編集長を務める、音楽評論家/コラムニスト/翻訳家/トーカー/歴史コメンテーター。長年、超ニッチなカテゴリーから学術的分野にまで及ぶ知識で人々を混乱させてきたが、近年はエスカレートし、レッドブル・スタジオ東京にてトークライブを展開している。『SFマガジン』『韓流旋風』『サイゾー』『水道橋博士のメルマ旬報』等で連載中。 http://bmr.jp/ https://twitter.com/QB_MARUYA

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