【全曲解説】伝説のバンドBOØWY、渋谷公会堂での解散宣言ライブ"1224"

【全曲解説】伝説のバンドBOØWY、渋谷公会堂での解散宣言ライブ"1224"
ふくりゅう
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コラムのタイトルを見て、「あれっ?」と思ったBOØWYファンがいるかもしれません。

そう、BOØWYというロックバンドは1988年春に完成したばかりの東京ドームで行った最後のライヴ『LAST GIGS』で、ヴォーカルの氷室京介は「多分これから、いろんな人達がここで伝説を作っていくと思うけど・・・・・・俺らはまだまだ伝説になんか、なんねーぞ!」と、アンコール・ナンバー「ON MY BEAT」前に叫んだのでした。そう、BOØWYはまだまだ伝説ではないのです。

バンドは解散しても、作品はいつでもリアルタイムに生き続けるということなのだと思います。



BOØWYは『LAST GIGS』で人気絶頂期の解散後、メンバー不在のまま通常のバンドとは違う進化を突き進んだバンドでした。解散後にたった一度も再結成することもなく、これほどまでにファンが増え続けたバンドは他にはないと思います。結果、日本で一番コピーバンドやカバーバンドが増え続けたバンドとなりました。

驚くべきことにBOØWY1981年~1988年の活動中はもちろん、そして1988年の解散から1998年までの10年の間に1枚もBESTアルバムをリリースしていません。昨今のバンド・シーンでは用意周到なまでに解散商法が企画されていきますが、そんな言葉と最も縁遠い存在であったのがBOØWYだったのです。

解散から10年後の1998年。当時のスタッフが再集結してはじめてリリースされたBESTアルバムが『THIS BOØWY』でした。本作は、現役時代以上の人気を実証すべく200万枚を超えるセールスを突破しました。「俺らはまだまだ伝説になんか、なんねーぞ!」という言葉を裏付けるには十分なインパクトだったと思います。もちろん、メンバーだった氷室京介、布袋寅泰、松井恒松(常松)、高橋まことの4人が、BOØWY解散後も常にソロ活動でシーンの最前線で闘い続けたきた結果のあらわれに他なりません。

そんなBOØWYですが、今年のクリスマスにライヴ映像が『1224 -THE ORIGINAL-』がリリースされます。30年前、19871224日、『ROCK'N ROLL REVIEW DR.FEELMAN'S PSYCOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR』ツアー最終日。渋谷公会堂での突然の解散宣言を収めた映像が、ハリウッドの最新技術によって4K ULTRA HD画質で蘇ります。



1987年当時、氷室京介は27歳。布袋寅泰は25歳。ファンの世代も干支が2まわり以上入れ混じり、そろそろ、“伝説としてのBOØWY”を検証する時がやってきたのではないでしょうか? 目的はBOØWYを知らない次世代への継承です。そのための意義ある作品として20171224日にUltra HD Blu-rayBlu-rayDVD3形態で発売されるライヴ映像『1224 -THE ORIGINAL-』は存在するのでしょう。ゆえに、高画質化する必然性がありました。

(Youtube:UNIVERSAL MUSIC JAPAN)

1224 -THE ORIGINAL-』の元となったライヴ映像は1987年当時、マネージメントであったユイ音楽工房のプロデューサー糟谷銑司氏(現IRc2 CORPORATION)による発案でドキュメンタリー作品として記録用にフィルムで撮影されたものでした。しかし、当時はメンバーのソロ活動を最重視せねばならないタイミングであり、解散後すぐにリリースされることはありませんでした。13年後の2001年に、倉庫からフィルムが発掘されDVD / VHS作品として旧ヴァージョン『1224』がリリースされました。しかし、残念ながら「ONLY YOU」の元素材に数十秒間のフィルムの欠損が見られたのです……

その後、今年になって編集されていないオリジナル・フィルムの発掘により、全てのフィルムが発見されました。19871224日、渋谷公会堂でステージを撮影していたカメラは5台だったそうです。あくまで解散ドキュメンタリー素材のための撮影だったこともあり、カメラの数は最小限でした。

当時の16mmフィルム・カメラは、フィルムでの撮影だと11分に一度フィルムを交換しないといけませんでした。メモリーカードの容量が進化した現在のデジタル・カメラ環境と比べると驚きですね。しかも、交換タイミングが他のカメラと被ってしまったら、完全版ライヴ映像として1本のライヴ作品として編集することはできなかったのです……

(Youtube:UNIVERSAL MUSIC JAPAN)

しかし、奇跡が起きました。

5台のカメラに収められた映像は、5人のカメラマンがフィルム・チェンジのタイミングの打ち合わせがなくとも全シーン欠けることなく撮影に成功していたのです。

画質の良い16mmフィルム・カメラでの撮影だったことが功を奏し、2017年の今、美麗な4K画質へハリウッドにて高画質へのデジタル・リマスタリングすることが技術的に可能となりました。昨今のテレビのサイズにぴったりな16:9の画角であり、超高画質であるがゆえに改めて再編集することでアップシーンを増やすことができるなどクリエイティヴな新編集を施す余地が生まれたのです。2001年にリリースした際はあえてのブラウン管サイズの4:3画角として編集されたVHS / DVDでの『1224』と見比べると、明らかに色味がはっきりし、これまで見えなかった表情の細やかさまで表現されることとなりました。ステージでのアクションはもちろん、汗の艶やかさや涙など、驚くべき質感です。2001年ヴァージョンと比べ、編集においてもカメラがブラックアウトするシーンなど不自然なカメラワークが減少していることに注目したいです。

(Youtube:UNIVERSAL MUSIC JAPAN)

日本最高峰のロック映像の魅力。次世代に継承すべき、BOØWYというバンドの素晴らしさ。そこで、『1224 -THE ORIGINAL-』における楽曲の魅力をわかりやすく伝えるために、19871224日に行われた渋谷公会堂での解散宣言ライヴをセットリストの曲順に、見どころ&聴きどころとともに全曲解説をしていきましょう(オリジナル楽曲の試聴リンク&プレイリストあり)。


BOØWY
1224 -THE ORIGINAL-
全曲解説

0. OPENING

オープニング・シーンでは、スチームパンクでディストピアな雰囲気漂うSEとともに、フィルムによる映像の投影がされている。そこで浮かび上がる印象的な「NO WAR」、「SEX」、「NO AIDS」の文字。


1. LIAR GIRL
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

突如、鳴り響くシンセサイザーによるイントロダクションとともに、放射状に広がる照明の美しさから“リマスタリングされた映像の美しさ”を体感して欲しい。鉄の骨組みが回転しながらステージが広がっていくBOØWYらしいオープニング。しかし、これまでにないヒムロック(氷室京介の愛称)のソリッドな佇まいが印象的だ。



2. ANGEL PASSED CHILDREN
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

続く、弾けるシャッフル・ビートがクールな大人びたロックンロール・ナンバーの登場。ビートに合わせてジャンプする布袋のかっこよさ。あんなに踊りながら弾くギタリストは他にはいないだろう。

3. BLUE VACATION
4thアルバム『JUST A HERO』収録 / 1986年)

ヒムロックによる「よく来てくれたな。今夜は特別な夜だぜ。ヘヘッ。騒ごうぜ! 愛し合おうぜ! オーライッ、ブルー・ブルー・ブルー・バケイション!」のMCから、録音ヴァージョンではインドネシアの民族音楽ガムランのフレーズを取り入れたアヴァンギャルドなイントロが秀逸な「BLUE VACATION」(ライヴではギター1本で表現する潔さ)。ハンマービートなアヴァンギャルドさが魅力となる間奏で、布袋が「ジングルベル」のメロディをギターソロに織り込みプレイする余裕。生粋のライヴ・バンドである彼らならではのファンへ向けたギフトな展開だ。



4. ハイウェイに乗る前に
3rdアルバム『BOØWY』収録 / 1985年)

ヒムロックのソロでも歌い継がれたBOØWYらしさ溢れるビートロックなイメージを解き放つ軽快なナンバー。途中、アレンジにスカが取り入れられるなどポップなセンス溢れる楽曲構成力がハンパない。



5. GIGOLO&GIGOLET
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

ヒムロックによるMC、「オーライ。目一杯お洒落して集まってくれたジゴロと、そしてジゴレットに贈ります!」とのMCで、刹那的な愛が歌われるロックンロール・チューン。高橋まことによる軽快なビート、松井による強靭なベース、ステップしながら弾きまくる布袋の姿が目から離れない。

6. PSYCHOPATH
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

ヒムロックによるMCで「OKそれじゃ、アルバムのタイトル曲を贈ります!」と、氷室京介のソロ活動にもつながる精神性へ踏み込んだ英語詞で洋楽的なナンバーが「PSYCHOPATH」。ステージ上では楽曲世界観に没入したメンバーの姿がたまらなくかっこいい。バブル期に“精神異常者”をテーマにしたアルバム・タイトルを掲げるなど、そのセンスは早すぎたように思えるが、歌詞で「精神病はあなたの心のなかにいる」と歌うなど、現代社会の心の闇の問題を予言したかのような先見性の高さが、まさにヒムロックらしさだ。



7. CLOUDY HEART
3rdアルバム『BOØWY』収録 / 1985年)

ラスト・シングルのカップリングに収録されたBOØWY最後の曲。収録の際、新たにアレンジされシンセとギターを録音し直している。ファン投票で選曲された、2013年にリリースの2枚組ベスト・アルバム『BOØWY THE BEST "STORY"』で1位を獲得しているナンバーだ。ライヴでは、布袋による空間を支配するエフェクティヴなイントロダクションに注目してほしい。氷室京介による、日本ロックシーンに誇るべき代表曲。



8. MARIONETTE
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

ヒムロックによる「OKそれじゃ、お前らが日本で一番にしてくれた、最高のロックンロールを贈ります!」とのMCから、シングル・チャートでNo.1を記録した、まさに“操り人形にはなるな!”という自身の経験からのパンキッシュなメッセージ性が込められた楽曲。当時、ラブソングではないロックなナンバーを、歌謡曲やアイドル全盛の芸能めいたチャートシーンに1位にぶち込んだことをメンバーは誇りとしていた。



9. わがままジュリエット
4thアルバム『JUST A HERO』収録 / 1986年)

BOØWYでは珍しく、ライヴ中にシンセ・フレーズがテープで同期するナンバー。高橋まことも、珍しくヘッドホンでクリックを聴きながら叩いている。



10. LONGER THAN FOREVER
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

オーディエンスからの黄色い声援がすごい。ここでヒムロックによるメンバー紹介。「OK、それじゃここでメンバー紹介したいと思います。すごいタフで最高に優しい男です。原子のドラム、高橋まこと!」、「OK紹介するぜ。ずっとずっと昔から知ってるけど渋い男です、オンベース松井恒松!」、「オーライ紹介するぜっ。日本にギタリストは腐るほどいるけど、こんなかっこいいやつはこいつしかいません。クレイジーギター布袋寅泰!」、「で、まぁ、俺が歌を歌っている氷室京介だ」と、自分だけ短めにユーモラスに締める。

そして「いままでたくさんラブソングをいっぱい歌ってきたけど、多分、今の俺たちとお前たちの関係にぴったりなんじゃないのかなと思うヤツがあるんで、それを一発贈りたいと思います!」と、メジャーコードでキャッチーで甘いテーマ設定ながらも、別れを予感させる切なさが漂うナンバーを披露。しかし、だいたいタイトルからして……



11. 季節が君だけを変える
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

ライヴで聴けるのもレアな、結果としてラスト・シングルとなった楽曲。布袋がヒムロックにはじめて歌詞の書き直しをお願いしたという、バンドの深い関係性をテーマにしたというナンバー。



12. WORKING MAN
5thアルバム『BEAT EMOTION』収録 / 1986年)

ヒムロックによる「それじゃぁ、ダンスが苦手なヤツにも、簡単に踊れるヤツ贈ります。タテノリだぜ!」とのMCで、作詞は松井が手がけ、間奏のダウンピッキングのみのベースソロ(そんなベーシスト他にいる?)が聴きどころなビート・ロックをプレイ。シンプルであるがゆえにオーディエンスを煽りまくる鉄板ナンバーだ。



13. BBLUE
5thアルバム『BEAT EMOTION』収録 / 1986年)

続いて「WORKING MAN」から演奏がメドレー的に繋がるスタイルで、BOØWYを代表するヒット曲を披露。当初は「TRUE BLUE」というタイトルだったが、同時期にマドンナが同名曲をリリースしたため、宣伝スタッフの提案によってタイトルを「BBLUE」に変更した逸話を持つ。メンバーはテレビ出演を渋っていた時期であったが『夜のヒットスタジオDELUXE』へ出演したことが、さらなる一般への浸透を煽ることとなった。


14. RENDEZ-VOUS (LIVE IN HAMBURG JULY 1987)
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

シャッフル・ビートが軽快なポップロック・チューン。ユーモラスな寓話的な歌詞など、新機軸な作風が新鮮。もし、BOØWYが解散しなかったら!? そんな“if~もしも”があったとしたら、コンセプト・アルバムなど新展開を期待させてくれる、そんなストーリーテリングな楽曲だ。



15. HONKY TONKY CRAZY
3rdアルバム『BOØWY』収録 / 1985年)

BOØWYにとっての1stシングル。作詞曲のクレジットも唯一のBOØWY名義だ。間奏、布袋によるコーラス中。ヒムロックがメンバーそれぞれに赴き、歌詞とリンクする“KISS”にちなんで、メンバーの口に手を寄せて掴み取ったKISSをオーディエンスに振りまいていく。なんてメンバー間の信頼関係の強さが伝わってくるキュートなシーンなのだろう。普段、ステージでは笑顔を浮かべることのない渋いベーシスト、松井恒松もここでは思わず笑みを浮かべているので必見だ。



16. PLASTIC BOMB
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

もし、BOØWYが解散しなかったら。「PLASTIC BOMB」は、新機軸のメロディック・パンクなナンバーであり、新たなBOØWY像を生み出すアンセムとして育っていたことだろう。ヒムロックと布袋による掛け合いのかっこよさ。SFめいた世界観を持つ、ロック史に語り継ぎたいナンバーである。編集されたカメラワークもとにかくかっこいい。オーディエンスがタテノリでとにもかくにも楽しそうな姿が印象的だ。



17. BEAT SWEET
5thアルバム『BEAT EMOTION』収録 / 1986年)

オーディエンスとのコール&レスポンスの掛け合いがテンションを上げてくれる、ギターリフがビートを牽引するミディアムにポップロックな快楽的なナンバー。



18. IMAGE DOWN
1stアルバム『MORAL』収録 / 1982年)

ヒムロックによる「こんなイカしたクリスマスは他にはねえぜ。渋公を選んで良かったと思います!」とのMC。「IMAGE DOWN」は、ライヴで必ず選曲された代表曲のひとつだ。ヒムロックがサビで布袋にマイクを向け「お前らこのヤロウ、覚悟して聴けよ!」と煽るが、布袋は裏声でユーモアたっぷりに返すという一節も最高。ヒムロックのリアクションの笑顔もたまらない。そう、『1224 -THE ORIGINAL-』は、解散宣言を直前に控えた緊張感がありつつも、メンバー同士のアイコンタクトや笑顔を交わし合う姿など、バンドを楽しんでいる姿も確実に垣間見れたのだ。いやほんと仲が良さそうだ。

途中、高橋によるドラムと松井のベース、布袋が爪弾くギターだけで牽引するパートが続くが、そこで氷室と布袋は、二人並んで珍しくゆっくりと会場を見渡していく。今思えば、この風景も今日が最後だと言わんばかりに……




19. NO. NEW YORK
1stアルバム『MORAL』収録 / 1982年)

バンド黎明期に生み出された、ライヴで必ずプレイし続けたBOØWY代表曲。間奏でのスペーシーな世界観を醸し出す布袋によるギタープレイは、BOØWYらしいオリジナリティあふれる開放感いっぱいな展開だ。




【アンコール1

20. MEMORY
6thアルバム『PSYCHOPATH』収録 / 1987年)

アンコール中に、客席、そして渋谷公会堂外の風景が一瞬映し出される。当日、解散の噂を聞きつけ会場に入りきれなかったファンが会場外に集まっていたのだ。

そして、腕を顔の前に、感極まっているように見えるヒムロックが、静かに歌い出す「スーツケースにすべてつめこんで 気が変わらないうちにここを離れるよ」というフレーズ……。ダークな存在感を持つアルバム『PSYCHOPATH』には、似つかわしくない美しくメロディアスなナンバーだ。しかし、今もなお人気の高い楽曲だ。これもまたBOØWYらしさであり、決して8ビートなだけではなかった、優れた音楽性の進化を感じさせるバンドの美学が伝わってくるナンバーだ。




21. ONLY YOU
5thアルバム『BEAT EMOTION』収録 / 1986年)

ヒムロックによる「愛してるみんなに心から贈ります。ONLY YOU!」のMC。そして歌の途中、珍しく布袋が後ろを向きつつ、左サイドのドラム台にあがっていく。サビのパート、まさに「ONLY YOU!」のワンシーンで、ヒムロックが布袋へ向けて愛しそうに指を刺したのだ。布袋もそれに気がつき、笑って答える。もしかしたら本作一番の注目シーンかもしれない。その後、布袋は感極まったのか腕で顔を拭うなど、涙を見せているように見えた……。残された時間はわずか。終焉へ向けて、明らかの表情やテンションが変わっていく。




【アンコール2

22. DREAMIN
3rdアルバム『BOØWY』収録 / 1985年)

ダブル・アンコール前、「ONLY YOU」を終えてメンバーは楽屋へ移動する。その瞬間までもカメラは追いかける。当時、心ない週刊誌が、メンバーの不仲説をうそぶいていたが楽屋は4人とも同じ部屋だった。

テーブルには、懐かしいデザインの250ml缶のポカリスウェットが並ぶ。布袋と高橋がタバコに火を付けたが、解散宣言を控えた氷室は、気が気でないのかいてもたってもいられず、先にひとりステージへ向かう。追って、メンバー3人とも付いていく。渋谷公会堂の裏動線。スタッフが数名すれ違う。

ステージには客席から投げ入れられた花束が転がっていた。布袋が花束を笑顔で拾って、氷室へ受け渡す。ヒムロックも笑顔で受け取る。そして、言葉が発せられた……

……今日は、みんなにちょっと言わなきゃいけないことがひとつあって……6年間……6年間……6年間BOØWYをやってきました……。誰がなんと言おうと日本で一番かっこいいバンドだったと思います……(以下略)」。

実は、本公演では“解散宣言”がなされたと報じられているが、実はヒムロックのMCでは“解散”の2文字は使われていなかった。BOØWY、ラストの真実だ。そして、マイケル・ジャクソンのアルバム『Bad』を抜き、アルバム・チャート1位を記録するなど、加熱するBOØWY人気。しかし、渋谷公会堂当日までマスメディアには一切知らせなかったという最後のメッセージ。自分の言葉で、ファンへ向けて大切に今の思いを打ち明けていく……

ヒムロックは言葉を詰まらせる。目には涙も浮かべている……。布袋や松井、高橋に視線を向けていく。そして……、、、。

……ここからは、ぜひ『1224 -THE ORIGINAL-』本編を観て欲しい。魂を振り絞ってプレイされる「DREAMIN’」。心臓をえぐるように、狂おしくも愛おしいバンドの最後の姿が鮮烈なままに描かれている。30年が経過した今でも、BOØWY最後の真実のワンシーンはバンドマンや音楽を愛する者であれば、必ずや一度は観て欲しい作品だ。

渋谷公会堂でのラストMCは全身全霊で振り絞った「DREAMIN’」後に、ヒムロックが「布袋寅泰、松井恒松、高橋まこと、氷室京介。We are BOØWY!!! Thank you! Thank you! Thanks!!!」と、ラストの言葉を発した。

明けた19871225日のクリスマスの早朝。当時最大のメディアだった翌日の各大手新聞には、BOØWYメンバーが買い取った“解散表明のメッセージ”が掲げられていた。


19871224 BOØWY解散

氷室京介 布袋寅泰 松井恒松 高橋まこと

4
人でしか探せなかったモノ

自分たちで有り続ける事へのこだわり

今度はひとりひとりで有り続ける事にこだわる為に

BOØWY
は昨日のクリスマスイブを選びました。

最後のGIGSは必ず来年プレゼントします。

BOØWYはクリスマス・イヴの渋谷公会堂で解散していたという事実。翌年の春、完成したばかりの東京ドームで行われたラストライヴ『LAST GIGS』は、メンバーにとっては早すぎる同窓会であり、再結成ライヴだったのだ……。それ以降、BOØWYが再びステージで集結することは一切ない。



関連リンク

BOØWY - UNIVERSAL MUSIC JAPAN

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