世界中で活躍するトランスジェンダー・アーティスト
LGBT(エルジービーティー)とは性的マイノリティーを指す言葉で、いまでは耳馴染みのあるものになっています。その中でも LGBTの「T」にあたるトランスジェンダーは, 心とカラダの性が一致していない人々を称した、「超える」を意味するトランス(trans)と「性別」を表すジェンダー(gender)をあわせた造語です。そしてトランスジェンダーを公言するアーティストたちは、現代の音楽シーンのあらゆる部分で重要な役割をこなし始めています。今回は世界中で活躍するトランスジェンダー・アーティストを改めて紹介していきましょう。
キム・ペトラス
2022年2月にEP「Slut Pop」をリリースしたキム・ペトラス(以下、ペトラス)。このアルバムはExplicit指定され、タイトル同様に全曲が刺激的な内容となっています。常にアップデートしていく姿を見せるペトラスは、新しいポップアイコンとして世界中から注目を集めています。そんなペトラスはドイツに生まれ、小さい頃からマドンナやカイリー・ミノーグ、ブリトニー・スピアーズなどのアメリカの女性ポップスターたちに夢中になっていきます。彼女自身も手探りで楽曲制作を始め、19歳の時に「One Piece of Tape 」を自主盤としてリリースしています。
出典元:YouTube(Kim Petras)
また幼い頃から自分自身の性に違和感を持っていたペトラスは、13歳でメディアに登場し性転換やトランスジェンダーの子どもたちの権利を訴えるアクションを起こします。やがてその活動は世界中に届くほどムーブメントを起こし、社会に大きな影響を与えることになります。そして性転換手術は18歳以上としていたドイツの法律の中で、例外的に16歳のペトラスに、性別適合手術が許可されるまでに至ったのです。この勇気ある行動は、史上最年少での性転換の権利を獲得したトランスジェンダーとして多くの人にインパクトを与えることになります。
出典元:YouTube(Kim Petras)
ペトラスが2017年に発表したインディーズデビュー曲「I Don’t Want It at All」のミュージック・ビデオに出演したパリス・ヒルトンもその一人ではないでしょうか。「有名でもなく、予算もなかった自分の曲を聴いてくれて、MVまで出てくれたパリス・ヒルトンには感謝してもしきれない」とペトラスが語るほど、2人の出会いはエポックメイキングなものとなり親交を深めていきます。
その後、カミラ・カベロやトロイ・シヴァンのワールドツアーにてオープニング・アクトに抜擢され、着実にポップ・アーティストとしての確固たる地位を築き上げ、自身の29歳の誕生日となる2021年8月27日には、遂にメジャー初シングル「Future Starts Now」をリリースしました。新たなスタートラインに立ったペトラス。彼女が大好きだったポップスターたちと同様に、いま世界中の多くの若者たちの心を鷲掴みにしています。
テディ・ガイガー
十代の頃からティーン・ガールズの間で絶大な人気を誇っていたテディ・ガイガー(以下、テディ)。ルックスのみならず、ほぼ独学でギターとピアノをマスターしたという才能も持ち合わせていました。18歳の時にリリースしたデビューアルバム『Underage Thinking』は全米ビルボード8位を獲得します。
出典元:YouTube(Teddy Geiger)
その後、ワン・ダイレクションや、ショーン・メンデス、ファイヴ・セカンズ・オブ・サマーなどへの楽曲提供をするなど、音楽プロデューサーとしての手腕も発揮。テディが11曲を共同制作したショーン・メンデスのアルバム『ショーン・メンデス』は、2019年のグラミー賞でベスト・ポップ・ボーカル部門にノミネートされています。そんなテディに転機が訪れたのは2017年10月。インスタグラムなどSNSへの投稿で、テディの変化が気になったファンの〈教えて。最近どうして外見が前と違うの?〉の質問に彼はこのように答えました。
あなたの質問の仕方は感じが良かったら、言うわ。私、女性になるの
出典元:YouTube(Teddy Geiger)
これを受け、多くのファンは理解を示し「あなたの勇気をとても誇りに思います」「どうか自分らしくいてください」などポジティブなメッセージがたくさん寄せられたと言います。そして2018年にはTeddy<3としての活動を再開、アルバム『LillyAnna』は、 「New York Times」「Paper」「Billboard」「RollingStone」などから高い評価を受けました。ここ最近はSNSも更新されずにファンを心配させていたテディですが、インスタグラムが久しぶりに更新されました。またアクティブな姿を見られることを期待しましょう。
シーア・ダイアモンド
アメリカの黒人トランスジェンダー女性アーティストであり、トランスジェンダーの権利活動家でも知られるシーア・ダイアモンド(以下、シーア)。「Trans Lives Matter」と呼ばれるトランスジェンダーの人権向上を訴える抗議デモに参加、そこで歌っていた歌が、アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーなどへの楽曲提供でも知られる音楽プロデューサーのジャスティン・トランターの耳にとまったことがデビューのきっかけとなりました。ホイットニー・ヒューストンやティナ・ターナーに影響されたという彼女の音楽は、ソウルとR&Bテイストのほか、ブルースやロック、ヒップホップ、フォークなど、多彩な音楽要素が含まれています。
出典元:YouTube(Shea Diamond)
彼女の経歴は波乱万丈です。14歳で家から逃げ出し、17歳まで里親に育てられました。また20歳の時には、性別適合手術を受ける費用欲しさにコンビニ強盗をおこない逮捕されてしまいます。その後の数年間、ミシガン州の男性矯正施設に入ることになったシーア。男性集団との刑務所での生活は、屈辱、孤立など感じる日々だったと言います。2016年にリリースし、好評を得たソウルフルなデビューシングル「I am Her」は、シーアが投獄されている間、トランスジェンダーとして直面したアイデンティティを揺るがす差別をテーマに歌われています。
出典元:YouTube(Shea Diamond)
今年のバレンタインデーには、初監督を務めたミュージックビデオ「Good pressure」を公開し、ファンを喜ばせたシーア。音楽活動とともにトランスジェンダーとしての人権活動にも、今後も注目していきましょう。
ソフィー
スコットランド出身のエレクトロニックミュージシャンでプロデューサーのソフィー。2013年にシングル「Nothing More To Say」でロンドンのクラブシーンに彗星の如く登場、その後、マドンナやチャーリーXCXといったトップアーティストへの楽曲提供や、初音ミクと安室奈美恵のコラボ曲「B who I want 2 B」のプロデュースなど最先端のEDMとカルチャーを生み出す存在になっていきます。そんな絶頂期の中でソフィーは、2015年から2年間の活動を休止します。
出典元:YouTube(takeoh)
そして2017年にシングル「It's Okay To Cry」を発表し活動再開、これが衝撃的でした。ミュージックビデオでは、太陽や空、星、そして宇宙と様々な空間の中で、自己を解き放つ女神のようなソフィーがいたのです。そして彼女は、自身がトランスジェンダーであることをカミングアウトします。
出典元:YouTube(SOPHIE)
カミングアウトすることは、自分のアイデンティティを取り戻すこと。生まれ持った身体に基づく性への期待や、それによって人生がどう展開され、またどう終わるべきか、などというスタンダードはもはや存在しない。伝統的な家族像や支配構造からの解放でもあるんです。
そこからのソフィーはこれまで以上に影響力を発揮していきます。2018年にリリースされたデビューアルバム『Oil of Every Pearl's Un-Insides』で、グラミー賞のベスト・ダンス/エレクトロニック・アルバム部門に初ノミネート、その類まれなる才能は世界中を魅了し続けました。さらにアメリカで影響力を持つ音楽メディア『Pitchfork』では、2010年代の最も素晴らしいアルバムのひとつに選出されています。また音楽面だけでなく2018年にはLGBTQ+雑誌『OUT』が選ぶ「最も影響力がある人物100人」の1人に選ばれ、同特集号の表紙を飾るなどトランスジェンダーとしても影響力を持つ重要人物となっていきます。世界中から注目されていたソフィー。しかし残念なことに2021年1月30日、不慮の転落事故により急逝しています。未来のエレクトロニック・ポップ・ダンス・ミュージックを変革していく存在であったソフィーの死は残念でなりません。
ローラ・ジェーン・グレイス
1997年に結成されたパンクパンドのアゲインスト・ミー。日本でも人気が高く、2005年に新木場スタジオコーストで初来日ライブを行い、2008年にはサマーソニックに出演し話題となりました。バンド活動は順調だった2012年、バンドの創設者でありリードボーカル&ギタリストのトム・ガベルがトランスジェンダーを告白。今後はホルモン注射や手術を含め、ローラ・ジェーン・グレイス(以下、ローラ)という新しい名前で女性として生きていくことを発表しました。その直後にはトランスジェンダーやセクシャルマイノリティをテーマにした内容のアルバム『 Transgender Dysphoria Blues』をリリース。 アルバム収録曲の「トゥルー・トランス・ソウル・レベル」では、男で産まれたのなら男であるべきという考えや、母親や妻を裏切ってまで女性になっていいのかという罪悪感や倫理観への葛藤に悶え苦しみながらも、トランスジェンダーになることを決断した内容が歌われています。
出典元:YouTube(Antiquiet)
その後のローラの活動は多岐に渡り、2016年にソロプロジェクトであるローラ・ジェーン・グレイス&ザ・デバウリング・マザーズの活動をスタート。2020年にはソロアルバム『StayAlive』をリリースしました。
出典元:YouTube(Polyvinyl Records)
当初、このアルバムはアゲインスト・ミーの4年ぶりのアルバムと計画されていましたが、新型コロナ感染症の影響で制作が中断。ローラのソロアルバムとして、シンプルなアコースティックという形でリリースされました。久しぶりのアゲインスト・ミーのアルバムで聴ける日がくることを楽しみにしています。