シティポップの金字塔 大滝詠一 いつまでも聴きつがれる、恋したくなる177曲

シティポップの金字塔 大滝詠一 いつまでも聴きつがれる、恋したくなる177曲
山本雅美
山本雅美

日本オリジナルの音楽として、近年、国内外で注目されている「シティポップ」。その源流のひとりであり、日本の音楽シーンに大きな影響を与えたのが大滝詠一です。その大滝詠一自身が主宰した「ナイアガラ・レーベル」から、本人名義でリリースされた全作品177曲が遂にストリーミング配信スタートしました。しかも「熱き心に」「風立ちぬ」「夢で逢えたら」といった他アーティストへの提供曲のセルフカバー音源や、オリジナルアルバム未収録の音源も含まれるというのですから、無上の喜びでしかありません。


出典元:YouTube(Sony Music)

大滝詠一は、松本隆、細野晴臣、鈴木茂とともに日本のロック草創期に足跡を残した はっぴいえんどを結成します。解散後は、自らが作詞・作曲・編曲・プロデュース・エンジニア・原盤制作・原盤管理までをこなす、当時としては画期的なプライベートレーベル「ナイアガラ・レーベル」を設立。まるで音楽の実験場のようなレーベルで斬新な作品を発表していきます。



自ら手がけたCMソングをメドレーで再構築したナンバー


また1960年代のアメリカのコンピレーション・プロジェクトであるティーンエイジ・トライアングルをヒントに、コラボレーション企画プロジェクト「NIAGARA TRIANGLE」をスタート。1976年に大滝詠一とともに山下達郎、伊藤銀次が参加した1stアルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』を発表。1982年にはデビューしたばかりの佐野元春と杉真理が参加した『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』をリリースするなど、新しい試みもしていきました。


撮影:井出情児

アルバム『ロング・バケイション』がリリースされたのは1981年。雑誌「POPEYE」や、村上春樹、片岡義男に夢中になり、FEN(極東放送)から流れるアメリカ音楽やウルフマン・ジャックの声に耳を傾けて、都会や異国の空気感に憧れていた若者(自分も含め)たちが多かったはず。そんな時代に、ラジオから流れてくる大滝詠一の「君は天然色」や「恋するカレン」に多くの若者たちは釘付けになります。テレビ全盛期だった時代に、ラジオから大ヒットソングが生まれたことも特筆すべき点です。それまで聴いた日本の音楽と違う世界を感じさせてくれ、日常が虹色のように煌めく世界に変化していくような高揚感にときめきました。



歌謡曲中心だった時代にニューミュージックというジャンルが生まれ、サザンオールスターズ、佐野元春、RCサクセションといった新しいロックサウンドも登場し始めた時代。まさに日本の音楽シーンが覚醒し始めた時代の象徴となったアルバムが『ロング・バケイション』だったとも言えます。そして『ロンバケ』は1982年には日本初のCDとして再リリースされ、ミリオンセールスを記録するのです。そんな大滝詠一作品を少しだけピックアップして、彼の魅力を改めて紹介していきます。


君は天然色

「君は天然色」は、時代を超えてたくさんのアーティストがカバーし、数々のCMソングやアニメ、ドラマなどに起用されてきました。最近では藤原さくらのカバーバージョンがテレビCMで使われていたりと、本当に耳馴染みのある曲となっています。この曲がここまで歌い継がれることを、大滝詠一自身は想像していたのでしょうか。とにかく稀代の名盤『ロング・バケイション(以下 ロンバケ)』の1曲目を飾るに相応しい大名曲と言えます。


出典元:YouTube(藤原さくら)

大滝詠一の「ナイアガラサウンド」に大きな影響を与えているのは、1960年代に活躍した音楽プロデューサーであるフィル・スペクター。彼は大人数のスタジオミュージシャンを起用し、分厚い音の壁を作る「ウォール・オブ・サウンド」というレコーディング手法を確立し、当時のポピュラー音楽に大きな影響を与えていました。



フィル・スペクターの代表作の「Be My Baby/THE RONETTES」


大滝詠一はフィル・スペクターに魅了され、「君は天然色」では初めて「ウォール・オブ・サウンド」を取り入れたレコーディングを試みます。冒頭では各楽器の音合わせする様子も収録されるなど、「大滝詠一オーケストラ」とも言うべき総勢20名のミュージシャンが参加。そして一発撮りでレコーディングされた「君は天然色」を振り返り、「ずっと研究していたスペクター・サウンドを、やっと自分のものにできた」と述べています。大滝自身、この楽曲で本当に納得できるサウンドを作り上げることができたのでしょう。



そして「君は天然色」を語る上で知っておきたいことが松本隆の存在。『ロンバケ』は「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」を除き、作詞の全てをはっぴいえんどの盟友・松本隆が担当しています。大滝自身『ロンバケ』は松本隆の詞ありきのプロジェクトと考えていました。しかし制作期間中に、松本隆は最愛の妹を亡くし失意の中で長くスランプに陥り、詞が書けなくなります。それでも大滝は、いつまでも松本隆の詞を待っていると励まし続けました。そして、できあがったのが「君は天然色」。


想い出はモノクローム 色を点けてくれ


多くの人が口ずさんできた サビのこの歌詞。松本隆は、妹を失ったどん底の精神状況で見た街の色から「想い出はモノクローム」というフレーズを思いついたのだそうです。「日本版ウォール・オブ・サウンドの確立」と「妹の死」。光と影を内包した奇跡のポップソングが、まさに「君は天然色」なのです。


恋するカレン

大滝詠一が『ロンバケ』を制作する上で大きな刺激を与えたのが、AORの先駆けとなったJ.D.サウザーの「Your Only Lonely」だったいうのは本人が語る有名な話です。それを物語るのが、当時の大滝詠一のオフィシャル写真。「Your Only Lonely」のジャケットの J.D.サウザーとポーズが一緒なんです。そんな関連性も意識しながら聴き比べてみると面白いかもしれません。



『ロンバケ』には「君は天然色」同様に、眩いぐらいのサウンド&メロディの「恋するカレン」が収録されています。作品の中で描かれているのは男性に突然訪れた残酷な恋の終わりです。そのサウンドと詞が、陽と陰のコントラストを持っている点がこの楽曲の醍醐味です。恋の終焉を笑いながら泣いている心情を描いたこの音像に、気持ちを奪われたものです。「大人の恋とはこんなにも深いものなのか」と恋愛におけるお手本として何度も聴いていたのが「恋するカレン」です。



さらに「恋するカレン」では大滝詠一が聴いていた様々な音楽のエッセンスを感じることができます。例えばライチャス・ブラザーズの「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’」や、ロネッツの「Waking In The Rain」。そしてぜひ聴いて欲しいのがアーサー・アレクサンダーの「Where Have You Been (All My Life)」。Bメロからサビメロにいくあたりの雰囲気が「恋するカレン」に通じていませんか。40年前、レコードプレイヤーから流れる音楽を何度も聴きながら、大滝詠一はいろんなメロディを頭の中で描いていたのでしょうか。そんなことを想像すると「音楽の繋がりっていいな」と改めて思います。



幸せな結末

木村拓哉と松たか子が共演し、平均視聴率30.8%を記録したドラマ「ラブ ジェネレーション」の主題歌として1997年11月にリリースされたのが「幸せな結末」です。前作「フィヨルドの少女 / バチェラー・ガール」以来、12年ぶりのスタジオワークとなったこの作品は97万枚のセールスを記録、大滝詠一最大のヒットシングルになっています。



いつまでも離さない 今夜君は僕のもの


繰り返されるこの言葉、当時、真似をした男性もたくさんいたことでしょう。愛する人への溢れる気持ちを丁寧な言葉と優しいメロディで描いた「幸せな結末」は、大滝詠一作品の中でも、群を抜いた極上で普遍的なラブソングとなっています。「幸せな結末」は『ロンバケ』の世界感も踏襲されているので、アンサーソング的に聴いてみるのも味わい深いかもしれません。タイトルがはっぴいえんど(HAPPY END)の和訳になっているのも、当時かなりざわつきました。


雨のウェンズデイ


都会に降る雨の情景ってこんな感じなんだなと想像させられまくった作品が「雨のウェンズデイ」。鈍色の雨空や、湿度感や物憂げな時間の経過などの音像が、サウンド&メロディから濃厚に伝わってきます。はっぴいえんど時代にも大滝詠一は、雨をテーマにした名曲「12月の雨の日」「五月雨」を作っています。大滝サウンドは実は「雨」と相性がよかったのかもしれません。



この作品で松本隆は“降る雨は菫色”という、魔法のような言葉を残しています。そしてレコーディングには細野晴臣、鈴木茂が参加。はっぴいえんど時代とは一味違う、繊細でセンチメンタルなベースとギターのグルーヴを聴くことができます。


熱き心に

大滝詠一は自身の作品以外にも多くのアーティストのプロデュースや楽曲提供を行っています。吉田美奈子に提供した「夢で逢えたら」はエバーグリーンな楽曲として、たくさんのアーティストから愛され、世代を超えて歌い継がれてきました。2018年には「夢で逢えたら」のカバー曲だけを86曲を収録した『EIICHI OHTAKI Song Book III 』がリリースされています。



他にも太田裕美の「さらばシベリア鉄道」(80年)、松田聖子の『風立ちぬ』(81年)、薬師丸ひろ子の「探偵物語」(83年)、小泉今日子の「怪盗ルビイ」(88年)、渡辺満里奈の「うれしい予感」(95年)など、女性シンガーへの提供楽曲は「ナイアガラサウンド」にも通じるドリーミーな名曲になっています。その一方で日本の音楽シーンにおいてエポックメイキングとなったのが1982年にリリースされた森進一の「冬のリヴィエラ」です。『ロンバケ』ムーブメントが続く中、松本隆とのコンビで作られたこの曲は60年代アメリカンポップス風なメロディとなっていて、それまで情念的演歌歌手のイメージが強かった森進一のイメージを一新させました。



そして1985年には小林旭の「熱き心に」が生まれます。任侠映画のイメージが強く男臭い歌謡曲を歌う小林旭が、七色に輝くプールサイドで歌っているかのようなメロディは『ロンバケ』を聴いた時と変わらぬ衝撃でした。小林旭の大ファンを公言していた大滝詠一は、小林旭でさえ「ナイアガラサウンド」に染めてしまったのです。アルバム『DEBUT AGAIN』に収録されている「熱き心に」のアレンジは大きく変わっていませんが、大滝詠一の余白のある歌声が生かされ、「ナイアガラサウンド」として違和感のないものに感じられます。ただ、この時の作詞は阿久悠。小林旭には松本隆の都会的な歌詞は似合わないとして依頼しなかったのだそうです。「熱き心に」が松本隆の言葉だったら、どんな作品になっていたのでしょう。

大滝詠一作品の配信スタート後、「君は天然色」や「恋するカレン」が、宇多田ヒカルや藤井風の現代のヒット曲とともにKKBOXの再生ランキング・トップ10入りしています。40年の時を経てもなお、大滝詠一の楽曲はますます輝き続けています。



山本雅美
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