“パニック障害を乗り越えて…” 演歌歌手・大江裕デビュー15周年を語る

“パニック障害を乗り越えて…” 演歌歌手・大江裕デビュー15周年を語る
KKBOX編集室
KKBOX編集室

「さんまのスーパーからくりTV」に演歌高校生として彗星の如く現れ、一躍お茶の間の人気者となった大江裕さん。2023年にデビュー15周年を迎えた大江さんは、一度は病に倒れて演歌歌手生活を諦めかけるも見事復帰。15年間で数々の楽曲を発表する傍ら、バラエティー番組にも精力的に出演し目覚ましい活躍を続けています。

そんな大江さんのデビュー15周年を記念するアルバム『明日に向かって』が、2023年4月5日(水)に発売されました。2009年のデビュー曲「のろま大将」をはじめとしたオリジナル楽曲とカバー曲がそれぞれ15曲ずつ収録された、これまでの15年間が詰まったベストアルバムです。そこで今回は同アルバムの発売に伴って、大江さんのルーツから将来像まで根掘り葉掘りインタビューしました。演歌に対する想いはもちろん、自身や演歌界の未来についてなどたっぷり語ってもらいました。師匠・北島三郎さんとの絆の強さがうかがえるエピソードも登場するので、ぜひご一読ください。

「演歌高校生」から15年!大江裕さんのこれまでの歩み

平成元年、大阪府岸和田市出身。幼い頃より演歌歌手を目指していた祖父の影響を受け、「いつか人を感動させる歌手になりたい」と夢を抱く。2007年に「さんまのスーパーからくりTV」の「全国かえうた甲子園」に登場すると、その個性的なキャラクターと確かな歌唱力で「演歌高校生」として一躍お茶の間の人気者に。ほどなくして憧れの北島三郎さんに弟子入りを果たし、2009年には「のろま大将」で華々しくデビュー。激務の中2010年に病に倒れるも、師匠の励ましを受けて約一年間の付き人生活を経て2012年に見事復帰。オリジナル楽曲のリリースはもちろん、さまざまな楽曲のカバーにも挑戦するなど、未来の演歌界を牽引していく存在として注目を集めています。2018年には同じ事務所の北山たけしさんと「北島兄弟」を結成し、「ブラザー」を発売。同年には日本レコード大賞企画賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出演を果たしました。

大江裕さんデビュー15周年記念インタビュー:「やっぱり先生に会えたことが全て」

―本日はインタビューにお時間いただきましてありがとうございます!まずは、このたび15周年を迎えられたということで、おめでとうございます。早速なんですけれども、これまでの15年の演歌歌手生活を振り返っていただいて、最も嬉しかったことをお聞かせください。

やっぱり(北島三郎)先生と会えたことですね。16歳でテレビに出て、19歳でデビューさせていただいたんですけれども、先生にお会いしていなければ僕は歌手になっていませんから。憧れの先生が付きっきりで教えてくださって、そのおかげで僕は演歌歌手になれましたし、だから今も演歌を続けているんだと思います。本当に人生を変えていただいた出来事です。

―その後念願叶ってデビューを果たしたわけですが、演歌歌手として活動していくことの難しさだったり、師匠や先輩歌手など周囲から学んだことや心得だったりがあればお伺いさせてください。

真っ先に気がついたのが「弟子経験を積まなきゃいけないんだ」ということですね。当時僕は19歳で弟子経験をせずにデビューしましたから、礼儀作法だとか、先輩方への挨拶の仕方だとか、そういう芸能界のしきたりを何もわからずに入ったわけですよ。そしてデビュー後すぐに音楽番組なんかにゲストで呼ばれますでしょ、そうすると「あ!こういう風に挨拶とかしなくちゃいけないんだ」って気がつくんです。でも、僕の場合はたまたま大江くんだからって大目に見ていただけることが多くて。

―若くして、そして他の演歌歌手とは異なるデビューの系譜を踏んだからこその苦悩という感じがしますね。あれが特に大変だったなあという印象的なエピソードってあったりしますでしょうか。

デビューしてまもなく営業で2曲で2時間やってくださいって言われて。しかもそれを2公演回さなくちゃならなくてね。当時僕は2曲しか持ち歌がありませんでしたから、それだけじゃ10分くらいしか持たないですからね、カラオケDAMを持ってきてお客様からリクエストをいただきながら、自分も歌いたい曲を入れて、歌以外のところはお客さんと掛け合いをしたりしてつないでね。

―まだデビューして間もない時ですもんね。

僕の場合は特殊だと思います。基本的にデビュー当時はディナーショーとかできないって言いますから、できてもキャンペーンとかで20~30分歌うくらいでね。僕の場合はありがたいことに、歌手デビューが決まった時点で何箇所かそういうイベントが決まっていたみたいで、貴重な経験をさせていただいたと思っています。

―とにかく場数を踏んで、その場の回し方なんかを感覚で掴んでいく感じだったわけですね。

そうです。だから場数を踏まないうちに現場へどうぞって。最初は難しかったですね。

―そうした状況の中で「うまく歌えるように」と工夫なさったこと、苦労されたことなどはありましたか。

そうですね。レコーディングのときは先生が付いてくださって、ああしろこうしろって教えていただけるんですが、それはその曲に対してだけなんです。だからカバー曲なんかは先生と歌い方も違うので大変で。デビュー当時は、先生と舞台に立つことが多かったんですけれど、「どうしたらうまく歌えますか」って聞くと、先生は決まって「うまく歌おうなんて思うな。全部俺の姿を見て学んでいけ。お前は特殊なんだから」って。

―背中で語る感じといいますか。

そうそう、そうです。だから先生の姿をずーっと見てましたね。生で見る機会ってなかったですから。当時は大阪の田舎に住んでいて、学生でお金もなかったからなかなか見に行くこともできなかったですし。16歳か17歳のときにお金を貯めてやっと見に行けたときは本当に感動しました。

―大江さんの演歌との出会いは、おじいさんが演歌がお好きで物心ついたときから身近に演歌があってというところでしたから、幼い頃から憧れの人ですもんね。

おじいちゃんが最初の師匠で、今はもう時効ですけど、もう何回顔を殴られたか笑。すごく厳しかったんです。よく歌う真似をするときにマイクを口につけてちゃって、それがいけないことって知らずに。それで殴られて唇が切れることがあったんですけど、それでも泣きながら歌ってましたよ。「なにクソっ!おじいちゃんに負けるか」って笑。あとは歌詞本にここは強く歌え・ここは弱く歌えとかって赤や緑の線で引かれていて、その通りにやらないとだめだったんです。とにかく怖かったですねえ、おじいちゃんは。

「激務で病に倒れたときは、もうダメだと思った」

―かつて病に倒れて仕事をお休みされた事があったかと思いますが、そこから復帰するに至るまでに、何かご自身を奮い立たせるきっかけになった出来事はあったのでしょうか?

当時は休む暇なく営業やらテレビ番組の収録やらスケジュールがびっちりで、今日は鹿児島で、次の日は青森でとかってあちこち飛び回っていて、ついにお客様の前で倒れちゃったんですね。パニック障害になってしまって。もう歌えないから僕なんて終わりだって、半年くらいずっと家から出られなくなっていたんです。一歩も。そんな状態が続いているときに3.11の大地震が来たんですが、今思うとあれが一つのきっかけですね。避難するために玄関の外に出たら階段のところに(同じマンションに住んでいた)おばあさんがうずくまっていたので、「これはやばい」と思って僕がおばあさんを下まで連れて外に避難しました。そのときに思ったんです。「あ、こんな人間でも人の役に立てるんだ」って。

その後、3月の末頃に先生からお電話をいただきました。「裕、ちょっと来い」と。僕はもう「ああ、これはもう終わったな」と思いましたね。事務所には病の状態など逐一報告していたんですけれど、先生とはずいぶん話をしていなかったので「歌手をやめろ」と言われるんじゃないかとびくびくしながら事務所に向かったんです。それで先生の姿を目にしてすぐに土下座をしたら、僕のところに近付いてきた先生がこう言ったんです。「お前大変だったな、がんばったな。」って。「今は休む時期だから、ゆっくりしてなさい。でもお前にもう一回ステージの匂いを嗅がせてやりたい。そしてお前の歌が聴きたいなあ」って頭をなでてくださって。その瞬間、それまで自分の中でもやもやしていた気持ちがひっくり返ったんです。大好きな、尊敬する先生にこんな自分でも期待してくださっているんだ!っていうのがたまらなく嬉しくて、まずは先生の付き人を始めることにしたんです。

―歌えるようになるまでは今のままでいいから、それまで近くにいなさい、という優しさですね。それから実際に歌えるようになるまでにはどれくらい時間がかかったんでしょうか。

だいたい一年近くですかね。その間は付き人として先生の側に控えていたのですが、やっぱりまだステージは怖くて、近づくだけでバクつくんですよ。パニック障害って電車や飛行機に乗ると苦しくなる…みたいなケースがあるんですが、僕の場合はステージで倒れたことが原因だったので、音楽を聴くことそのものがダメで。なので舞台袖にもあまり行かずに、先生がお戻りになるまで楽屋にいましたね。

―ひたすらジッと待っているような感じだったわけですね。

そうです。たまに寝ちゃってるときもありましたけどね笑。先生が舞台されているときに、楽屋で寝落ちしちゃったことがあって。寝ている僕を驚かせようと舞台終わりの先生が白塗りのまま僕の顔のすぐ目の前にいらっしゃったことがあって、そのときはかなりびっくりしましたね笑。

―笑。そこから一年かけて徐々に復帰できるようになっていった、というような感じでしょうか。

しばらくしてレコーディングがあったんですよ。そのときに、これでダメだったら歌手をやめようと決めていたんです。だけどそのときにレコーディングに向き合うことができて。歌うことができて。それが大きかったですね。人って長いこと歌わなくなると、今まで使っていた喉の筋肉を使わなくなるので、本当に声が出なくなるんです。だから先生の付き人をやっていたときは、一ヶ月間毎日先生にレッスンを付けていただいてリハビリをしました。先生もお疲れだったと思うんですけど、ホテルの部屋のピアノを使って毎日。でもそのおかげでだんだんと喉のかすれが取れていきましたね。不思議なことに先生の前だと大丈夫なんです。心のリハビリってやつですかね。

「触れる機会がないだけで、演歌は新しくなって今も輝いているんです」

―演歌というとどうしても年齢層が高いというイメージがありますが、より幅広い年代の方に聴かれるために今後演歌界はどのようにアプローチしていけばよいか、そのあたりのご見解があればお伺いできればと思うのですが、いかがでしょうか。

一昔前の演歌は、「漁師の歌!」というような働く人を歌詞にした歌が多かったんですけれど、それって若い人たちにとっては馴染みがなさすぎるんですよね。だから「演歌」っていうだけで古いものって感じてしまう。でも演歌も変わってきているんです。J-POPと同じように愛だの恋だのを歌った歌も増えてきていて。若い方の歌に多い「恋歌」が演歌にもたくさんあるんです。それなのに、演歌ならではのメロディや節回しで聴かなくなっちゃうのが惜しいなあと思って。逆に曲調を若くしちゃうと今度は年寄りが聴かなくなっちゃいますから、このバランスが難しいですよね。

―そこは難しいところですね。

いろいろと作曲家の先生にもお願いして試行錯誤してみるんです。若い人向けにちょっと若い感じの曲にしたほうがいいんじゃないかって思って。でも今は若い方はほとんど演歌を聴かなですからね、若い人向けに作ったところで「そんな曲を出しても結局誰も聴かないよ」ってなってしまう。それならはじめからお年寄りに向けた曲を作ったほうがいいんじゃないか、って。

―「どこにウケるんだこれは」みたいな楽曲ができても仕方がない、ということですね。

そうなんです。聴かれる音楽じゃないと意味がないんです。ただ、多くの人たちは演歌に触れる機会が少ないだけで、まだまだ可能性はあるんだろうと思っています。僕が幼稚園くらいのときは周りにおじいちゃん子・おばあちゃん子が多くて、演歌を聴いている子も結構いたんですけれど、小学校に入って同級生たちといる時間が多くなると、おじいちゃん・おばあちゃんと遊ぶ機会が減って演歌を聴かなくなるんです。僕は演歌が好きだったからおじいちゃんのところに遊びに行っていたから、その違いですね。触れる機会があれば、今でも演歌は輝いているんです。

―時にバラエティー番組で別の方の歌を歌われるのも、演歌を知ってもらうきっかけになればというお考えがあってのことなのでしょうか。

僕がバラエティーに出ると、会社の人に「なんで出るの?」って言われるんです。僕はマネージャーさんから「こういうの来てるんだけど」って言われたら大体「いいですよ、やってください」って二つ返事します。これはね、僕自身がそういった番組に出ることによって、若い方が「この人はどんな歌を歌ってるんだろう」と思って興味を持ってくれるかもしれないから。

―何か足掛かりになれればっていうことですね。

そうです!どこまで意味があるかわからないですが、(番組内で)演歌という文字が出るだけで嬉しいですからね。僕自身は目立とうとは思わないですけど、演歌が目立ってくれるためにバラエティーにも出ています。見ている人に「ああ、こんな子いたな」って、そう思ってもらえるだけでもいいんです。もちろん、なかには無茶な話もあったりしますが、できるだけ出るようにはしていますね。マネージャーさんから話が来て「大丈夫かな?だめだよね」って聞かれたら、大体「ああはい、いいですよ」って。

―基本的には演歌のためにやっているということなんですね。

あ、でもなんとかジャンプっていうのはできなかったです笑(手を上から下に下ろすような動き)

―バンジージャンプですね笑。

そうそう、あれはちょっと怖い笑。パニックになったら大変でしょう?歌いながら飛ぶっていう企画だったんですけど、飛んでる最中にパニックになっちゃったらどうしようって思ってこれはさすがに無理でしたね。でも、できるだけのことはやりたいと思っています。

―演歌界を盛り上げるのが目的ですもんね。

そう!演歌って新しくなってるんだって思ってもらいたい、そう思ってもらえたら勝ちなんですよ。だから、それまで頑張るんじゃないですか。

トレンドに置いていかれないようにJ-POPの流行を常に追っていく

―このたびリリースされるアルバム『明日に向かって』は、大江さんのこれまでの15年間の集大成とも言える作品ですね。

そうですね。演歌も入ってますし、ちょっと新しめのさだまさしさんの楽曲のカバーも入っています。本当はもう少し若い歌も入れたいなあと思ったんですけどね、新しいものが好きだから。歌ってみせるぞ、演歌演歌とバカにされたくはないぞという気持ちで、一昨年出したアルバム『TRY~大江裕J-POPを歌う~』では瑛人さんの「香水」や一青拗さんの「ハナミズキ」なんかを歌わせていただいたんですけど、これは僕がどこまで歌えるんだろうっていうチャレンジだったんですね。そのときに気付いたのが、やっぱりこれからの演歌歌手は若い歌も歌っていかないといけないなって。

―それはやっぱり先程の話とも繋がっていて、演歌を知ってもらうには若い歌やJ-POPも歌っていく必要があると。

そうです。どういう歌が若い人たちの間で流行っているかってことを知っていなくちゃいけないと思っています。僕もいろいろ聴いて勉強していますが、勉強するんだったらじゃあCD出しましょうよって話になって。

―(同席したレーベル担当者さん)今サブスクで、若い人に大江さんの「香水」とかがすごく聴かれてるんですよ。

あ、そうなんですね。だから、面白いよね。そうなんですよ。

―普段からそういう音楽は聴いているんですか?それとも企画で初めてお聴きになるんでしょうか。

いや、そんなことないです。Mステとかテレビをよく見てますよ。見ておかないと「あれ?」ってなっちゃいますから。

―トレンドに置いていかれるぞと。

そうです!もうだいぶ置いてかれてますけどね笑 。でも、「こういう歌だったら自分も歌えるかも」って思いながら見ています。だから「香水」を初めて聴いたときは絶対無理って思いましたね。(歌い回しが)早いから。でもやりましたね。

―私も実際に聴かせていただきましたけど、すごくハマってますもんね。原曲のよさを活かしつつ、大江さんの個性も出ている感じで。

ありがとうございます。だから、こぶしを忘れるっていうこともやらなきゃいけないんですよ。

―こぶしを忘れるという感覚が大事なんですね。

そうです。演歌歌手・大江裕が歌うんだけど、こぶしは入れないんです。ほかの演歌歌手の皆さんはこぶしを取れない人が多いって聞くんですけど、僕はこぶしを忘れようと思って。

―それってやっぱり癖になっちゃってるものなんでしょうか。

そう、癖になっちゃってるんですよ。「べえつに きいみを もおとめて」ってね。元の曲みたいに「べつに きみを もとめてないけど」っていかないんです。

―なるほどですね笑。入っちゃうんですね、どうしても。

普通に歌うと「べえつに きいみを もおとめてえないけどおお」って、こうなるんです。でも一旦これを忘れて、こぶしをリセットすればいいって気がついたんです。もちろん簡単なことではないですけど、こぶしがあると若い人は聴かなくなっちゃうかと思って。だけど、こぶしを思いっきり回した「香水」も逆に面白いかもしれませんね。ただ、僕はどっちかに転ぶっていうのは(リスクがあるから)怖いなって思って、こぶしを忘れることにしたんです。

―では、今回のさだまさしさんのカバーも?

いや、ちょっと(こぶしが)入ってますね笑。

―じゃあ、ちょっと演歌らしさは出しつつも原曲を活かしたというような。

そうです。だから、今回これは演歌ファンに聴いてもらうCDで、演歌をもっと好きになってくださいっていうメッセージが込められています。なので、ちょっとこぶしは回っています。逆に若い方に向けてのCDのときは、こぶしは回しません。

―ターゲットによって歌い方を変えているということですね。

そうです。15年間応援してくださった方々に届けたい歌っていうのが、今回の15周年記念のアルバムですね。ディレクターさんに「15周年のアルバムを作ってください」ってお願いしたら「いいよー、どういうの歌いたいの?」って聞かれたので、「お世話になった先生の歌と、いろいろリクエストの多かった演歌と、僕の好きな 「いのちの理由(さだまさし)」と「冬隣(ちあきなおみ)」っていう曲を入れさせてください。自分のは2曲でいいです。あとは全部決めてください」っていう感じで答えて笑。

―15年間でいろいろ経験されたことが詰まったアルバムということですね。

そうですね。そういうところが聴きどころかもしれません。

―今回インタビューに際してプレイリスト用に推しの演歌曲を選曲いただきましたが、どなたか思い入れのある方はいらっしゃいますか?

やっぱり三山くん、いえ三山“さん”ですね。僕が2月デビューで、三山さんは6月なのでほぼ同期ですから、三山くんって思わずね笑。デビューからお互いに刺激を与え合った同志なので、彼の「人恋酒場」を聴くと「ああ、あのとき出たな」と初心を思い出すような気持ちになりますね。

―ご自身の楽曲ではどうでしょうか?

やっぱり「のろま大将」です。歌詞の中で「よろしくお願いします」って言ってますから。

―すごく等身大の歌詞ですもんね。

作詞の新谷俊哉先生が、からくりTVをどれだけ見て僕のイメージで詩を書いてくださったかっていうことをあとから知らされたんです。それでやっぱり、思い入れが強くて素晴らしい楽曲だなって思いますね。先生が作曲してくださり、今までで一番レッスンをしてもらった曲でもあるので、思い出に残っている一曲です。

演歌番組を見るのが実は苦手…だけどバラエティ番組は大好き

―ここからは少しパーソナルな部分に迫って行きたいと思うのですが、大江さんはオフの日をどのようにお過ごしですか?どんな媒体でどんなコンテンツに触れておられるか、というあたりをお伺いできればと思います。

僕は特にバラエティーが好きですから、まとめて録画したものを見たりしてますね。「探偵ナイトスクープ」とか。実は、昔番組に応募したこともあります。

―ええ笑、そうなんですね。

そうなんです。僕は昔、歌手になりたい、舞踊の先生になりたい、ものまね芸人になりたいとか、いろいろ夢があったんですよ。実際に取材が来たんですけど、そのときスタッフに「夢は番組では決められません。どの夢がいいですか?」って相談されたのを覚えています笑。それが小学生ぐらいのときです。結局放送されませんでしたけどね、そのおかげでやっぱり自分はダントツで歌が好きなんだって、「演歌歌手になりたい」「北島先生にお会いしてみたい」って想いに気づくことができたんですよね。それがきっかけで歌手になる夢への想いがもっと深まったんです。

―へえ、すごい重要な岐路だったんですね。じゃあ探偵ナイトスクープを見るというのがオフの日のルーティーンなんですね。

そうですね、バラエティはこういうのも出てみたいなとかって見方もしますね。

―それはご覧になっていて何か演歌に活かせるような、インプットがあったりするものなのでしょうか。

バラエティーを見ることで演歌に活かせるものはないかもしれないですけど、はっきり言うと僕は演歌番組を見るのが苦手なんです。自分が出てる気持ちになっちゃって。やっぱり家でリラックスしているときぐらいは演歌から離れたいって思います。僕自分の映像見るのも嫌いで、見たとしても粗探しですよ。「いやこういう風に歌えばよかったな」って、もう自分に怒りまくってます笑。終わったことなので仕方ないのになとかって思いながら笑。

―(ご自身が出演された)バラエティーはご覧になるんでしょうか。ドッキリにかけられることも多いと思うのですが。

見ます笑。見ますね、楽しいです笑!バラエティーは歌じゃないですから、お客さんになったような気持ちで見てます。もちろん笑えるシーンと笑えないシーンがありますけどね。衝撃だったのは、やっぱり先日『水曜日のダウンタウン』に出演したときですね。あのドッキリの印象が強すぎて、ほかのドッキリに呼ばれなくなってしまいました笑。僕タカトシさんと、温水さんの旅番組に準レギュラーのような感じで出させてもらっているんですけど、あの番組が放送された直後にタカトシさんから「大江くんって怒らせたらあんなんなるんだね」って言われて。「いやいや、そんなことございませんよ」と笑。それは面白かったですね。

先輩だからって遠慮する気持ちは僕にはいらない。僕は“先輩だから”新しいことにチャレンジしていきたい

―こうしてキャリアを重ねていくことで大江さんもベテランや大御所というポジションになっていくかと思うのですが、今後こんな姿になっていたいという将来像だったり、どんな形で演歌界を盛り上げていきたいというお考えだったりがあればお聞きしたいです。

これたぶん面白いことなんですけど、もう僕も演歌歌手になって15年なので大江先輩って言われるんですね。これが嫌なんですよ笑。どうしても後輩から“大江先輩”って言われると、かゆくてかゆくて。なので、後輩の楽屋に挨拶するときに「大江くんでいいですから!大江くんがだめだったら、大江さんでお願いします!」とお願いしに行くんです笑

―体がむずがゆくなっちゃうんですね笑

もうかゆくて仕方なくなるんで、後輩の楽屋全部回ってお願いしに行きますね。この間もたまたま僕が一番上で出させていただいた番組があったんですけど、出演者の皆さん僕より年下の方で、僕から先に全員の楽屋に挨拶に行ったんです。「この台本に書いてある“大江先輩”っていうのを“大江さん”にしてもらえませんか」って。収録前の溜まりで出演者の方たちにもそう言うようにしていますけど、「珍しいね」って言われますね笑。

―そういう垣根みたいなものを取っ払っていきたいという想いがおありなんですね。

そう!先輩だから偉いとか、そういうのはいらないです。僕は今日デビューしたばかりの子でも同じように垣根なく接してもらいたい。何十年やったからって、そのキャリアはすごいかもしれないけれど、でもそこは僕と接するときはいらないと思っているんです。先輩だからって遠慮する気持ちは僕にはいらないから、僕は“先輩だから”新しいことにチャレンジしていきたい。「あ、大江さんがこれやってるなら自分もやってみたいな」って若い人たちにそう思われるような、そういう先輩になりたいですね。

―変に距離を感じすぎてほしくないということですね。

いらないです!僕は後輩って言葉も偉そうな感じであまり言いたくないですけど、ともかく(後輩というしかないから)後輩が気を遣っているのを見たらすごく嫌ですね。今20代の後輩たちは僕が16歳でデビューしたときの姿を小学生の頃に見ているので、「テレビで見てた人と一緒にやらせていただいて幸せです」って言ってもらうことがあるんですが、僕は「そんなのはいらないです」と返してます。でもそうやって関係性を作るようにしていたら、最近は後輩がのびのびやってくれるようになりました。僕が言う前に(僕の真似をして)「恐れ入ります」って言ってくるので、僕はそれに「恐れ入ります」って笑いながら返してます。先輩だからと線を引かず、こういった掛け合いが気軽にできる先輩になっていきたいですね。

―それは大江さんだけじゃなく、業界全体でそういう流れになってほしいと?

そうなってもらいたいですね。もし後輩に先輩風を吹かすような子が出てきたら言いたいです。勘違いするんじゃないよと。

―偉そうにするなと。

そう。でも僕がそうやって後輩と接する姿を見せていれば、絶対にそういう方達もハッと気が付くことがあると思うんです。だから常に後輩が挨拶に来ると「挨拶なんていいです」って返していますし、たまに後輩のところに別の後輩と一緒に挨拶に行ってびっくりされたりすることもありますね。「そんな怖いことやめてください」って笑われましたけど笑。

―そういう風が業界全体で吹いていくといいですね。

いいですね。そうやって変に先輩後輩の壁がない関係でいられて、20年、25年とキャリアが積み重なっていってもいろんなことにチャレンジをしていきたい。演歌というものを残していきたい、というのが僕の気持ちです。だから新しい歌を歌ったりしながらも、演歌ってこういう感じだったよねっていう歌を皆さまに届けていきたいですね。廃れないように。

「僕の夢は…Mステに出ること笑」演歌界全体を盛り上げるために頑張りたい

―大江さんより下の世代の演歌歌手でも、J-POPを歌うような流れは出てきているんですか?

出てきてますよ。あんまり大きな声では言えないですけど、演歌歌謡でデビューしましたって新人の方の歌を聴くと、もうほとんど歌謡曲なんです。これは僕の個人的な意見ですけど、こういう時代にもう変わってきているんだなあ、って思いましたね。だから、そっち(J-POP)も理解しながら、自分の歌(演歌)も歌っていますよって皆さまに伝える必要があると思っています。

―(J-POPと演歌が)相互に刺激し合って、いい関係性ができてきていると。

そうですよ。新人さんとか刺激になりますもん!この間も先生がお休みのときに『サブちゃんと歌仲間』(BSテレビ東京)っていう番組で司会をさせていただいて、新人さんをいじりまくったんです笑。演歌界では司会が新人さんに話を触ることはほとんどないんですけど、僕は話を振ったほうが絶対に面白いと思っていて。僕も含め先輩なんてこれまでたくさんアピールしてきているんだから、どんどん新人さんをアピールしていかなきゃって。「こんな楽しい番組に出たんだ」「演歌ってやっぱりいいな」って思ってもらって、演歌が好きな新人さんにもっと演歌を好きになってもらえたら嬉しいじゃないですか。そしたらどこかで若い方がこっちに目を向けてくれるかなあ、とかね。僕の今の夢は…Mステに出ることです笑(一同大笑い)。ハハハ面白いね笑、でもほら、夢はやっぱり言葉に出さないといけないですから。

―それこそ大江さんにTikTokやってもらったら流行るんじゃないかって思いますよ笑

どんな歌も演歌で歌っちゃう、みたいなキャラクターで出たら面白いかもしれませんね笑。そうそう、さっき話に挙がったポップス系のカバーは、若い後輩の子にも聴いてもらっているみたいで「買いましたよ」って言われたときは、「やめたほうがいいよ」と言っておきました笑。

―でも、それだけ刺激になっているということじゃないですか。

そうですね、それは嬉しいことです!これから楽しみですよ、演歌界がどうなっていくか。もう時代は変わっていますからね。盛り上げていかないと。

―私もリスナーとして楽しみに動向を追いかけていきますね。

ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

取材後記

取材中「とにかく演歌ってこういうものという昔っぽい考え方を取っ払ってあげなきゃいけない、廃れさせないようにしなくちゃいけない」と何度も熱く語ってくださった大江さん。もちろん、ユーモアに溢れ包容力に満ちた大江さんのキャラクターはありながらも、演歌界のこれからを見据える強い覚悟と確かな心意気を感じた取材でした。

4月からは師匠である北島三郎さんの事務所を離れ、今回のアルバムを門出に新生「大江裕」をスタートさせていく大江さん。キャリアを重ねるとともに、歌にもキャラクターにもますます力強さ・豊かさが増していく彼の今後の活動にぜひ注目していきましょう。

大江さんをバラエティで知っている方でも、彼の演歌を聴いたことがないという方も少なくないはず。このほど発売となった15周年記念アルバム『明日に向かって』を聴いて、彼のさらなる魅力に酔いしれてみてはいかがでしょうか。

KKBOX編集室
KKBOX編集室

最新の記事

    share to facebook share to facebook share to facebook share

    Ctrl + C でコピー