アーティストと元レーベル担当が語るECMレコードの魅力

アーティストと元レーベル担当が語るECMレコードの魅力
KKBOX編集室
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キース・ジャレットや初期のパット・メセニーで知られるドイツのジャズ・レーベル、ECM。今までごく一部の作品がハイレゾなどのデジタル・リリースをしていましたが、この11月にストリーミング・サービスで一挙に配信が解禁されました。ジャズのみに限らず、クラシック、現代音楽、環境音楽など幅広い音楽性を持つこのレーベルについて、3名にインタビューを敢行。ECMを初めて知る方にも、そしてよく知る方にもお届けしたいコラムです!


元レーベル担当者に聞くECMエピソード

ECMの歴史やエピソードをユニバーサル ジャズ・プロデューサー、斉藤嘉久さんにお聞きしました。斉藤さんがECMを担当されていたのは1998年から2006年頃まで。今でもその深い造詣でECMについて語っていただきました。

KKBOXECMレコードの歴史について簡単に教えてください。

斉藤ECMレーベルは1969年、当時20代なかばのドイツ人プロデューサー、マンフレッド・アイヒャーによってミュンヘンで創設されました。アイヒャーは元々ベルリン・フィルで演奏したこともあるコントラバス奏者でした。それまでのアメリカの黒人中心のジャズとは違う文脈で、リリカルかつ叙情的なジャズを送り出したインディペンデント・レーベルで、"The Most Beautiful Sound Next To Silence”(「沈黙の次に美しい音」)をコンセプトに掲げています。現在もアイヒャーがプロデュースを手掛ける新作を毎月平均5枚・年間約60枚をリリースし続けており、全部で約1,600タイトルを保有しています。

下段左より:ゲイリー・ピーコック、キース・ジャレット 上段:ジャック・ディジョネット、マンフレッド・アイヒャー


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ECMCD初回盤から一度もリマスターされませんでしたが、その理由は?

斉藤: それはアルバムとして世に出した作品は、音質・曲順等すべてにおいて完成形である、というレーベルのポリシーによるものです。またECMの作品はアイヒャーが監修したレーベル内のものは除外して、外部レーベルにコンピレーションで貸し出すことはしないという徹底した管理をしています。


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:マンフレッド・アイヒャーとのエピソードがあれば教えてください。

斉藤:これまでに3回会ったことがあります。数年に一度の契約更新時にミュンヘンのオフィスを訪ねました。ミュンヘン市郊外の小さなビルにそのオフィスはあり、10数名のスタッフが働いています。毎回午前中に契約関係のミーティングをして、午後はアイヒャーの社長室で音楽を聴かせてもらうのですが、この部屋でECM作品は魔法がかかったみたいに良い音がします。この部屋で聴くECM作品が最高であると、他に行かれた方々も口を揃えて言っています。

ECMの特徴の一つとして、独特なジャケット・ヴィジュアルも挙げられますが、これは世界中の新進気鋭の写真家や画家から売り込みがあるそうです。ECM2代目メイン・デザイナーのサッシャ(Sascha Kleis)が、現在リリースされているほぼすべてのアートワーク・デザインを担当しています。


KKBOXECMのお薦めアルバムをお選びいただき、その理由と素晴らしさをお教えください。

Keith JarrettThe Melody At Night With You

斉藤:キース・ジャレットが、慢性疲労症候群という難病による約2年間の闘病生活を送っていた1998年に、自宅スタジオで録音したアルバムです。キースのソロ・ピアノというとそれまでは長時間の完全即興演奏でしたが、ここではスタンダードナンバーのメロディを慈しみながら弾いており、ハーモニーやタッチにキースらしい繊細さを感じさせます。実は、このアルバムのマスターが日本に到着したとき、荒川のFEDEXの集配所まで直接受け取りに行きました。荷物の中に試聴用のCD-Rが入っていたので、ポータブルプレーヤーで荒川の土手を聴きながら歩いたのですが、その素晴らしさに大いに感動したのを覚えています。



Jan Garbarek, Egberto Gismonti, Charlie HadenMagico: Carta de Amor

斉藤ECM作品の特長の一つに、「異種格闘技戦」的なミュージシャンの組み合わせがあるのですが、中でもヤン・ガルバレク、エグベルト・ジスモンチ、チャーリー・ヘイデンの3人による1981年の『Magico: Carta de Amor』というライブアルバムがおすすめです。出自の異なる個性豊かな3人が、お互いを尊重しながら、ジャズという範疇を超えた、まさにECM的なジャンルレスな音楽を奏でています。



ギタリスト、伊藤ゴローの「私とECM

ボサノヴァ・ユニット、naomi & goroのメンバーとして、また原田知世のプロデュースや、坂本龍一との共演などで知られるギタリストの伊藤ゴローさんにECMの、特にギタリストについてコメントをいただきました。


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ECMアーティストとの出会いはどのアルバムからですか?

Egbert GismontiDança Das Cabeças

伊藤:ジョアン・ジルベルトのギターをマスターしようと必死でレコードを聴きながら部屋で反復練習の日々を送っていたある日、中古レコード店でなんとなく買って見たアルバムでした。ジョアンのギターとは全く違って自由でエモーショナルでぶっ飛んでいた。ジョアンの禁欲的な音楽にぞっこんだったその頃の僕はジスモンチの音楽にボサノヴァとは違った魔力を感じました。



ピアノとギター両方をプレイするエグベルト・ジスモンチ


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ECMアーティストから何か音楽的な影響を受けていますか?

伊藤:やはり一番はラルフ・タウナー。僕はギターヒーロー的な人はほとんどいないんだけど彼は別格。真に尊敬している。そしてレーベルプロデューサーのマンフレッド・アイヒャーですね。


KKBOXECMのお薦めアルバムをお選びいただき、その理由と素晴らしさをお教えください。

Ralph TownerAna

伊藤:ラルフ・タウナーソロワークスの中でもやはりこれが最高傑作ではないでしょうか。ギターのチューニングは他の作品よりも少し低くて(多分438Hzぐらい)そのせいか音楽が少しノスタルジックで内省的に僕には聴こえます。

Zsófia BorosLocal Objects

伊藤:ソフィア・ボロスというクラシックギター奏者。マンフレッドが見つけてくるアーティストは他とは一味違い、演奏もそうですが録音もまさにECM、レーベル独特の空間美学が貫かれていて音と音の隙間に張り詰めた気配を感じます。

先日ミュンヘンのECMのオフィスを訪ねた時もすでに持っているにもかかわらず買ってしまった一枚です。

Ralph TownerSolstice / Sound And Shadows

伊藤:最近、ソリスティスのレコーディングメンバーでのライブ映像を見たんですがこれが凄く良かった。1975~6年のセッションでみんな若くて尖っていて当時のECMに集まる若いジャズミュージシャンの新しい音楽をクリエーションする知的で力強いパワーを再認識しました。


◎伊藤ゴロー 今後の活動予定

来年ECMからリーダーアルバムをリリースする福盛進也 (drums) をゲストにライブを行ないます。

新春New ProjectLAND - München Hbf.GORO ITO invites SHINYA FUKUMORI
201817日(日) Open:16:30 Start:17:00
場所:東京・永福町ソノリウム
伊藤ゴロー(guitar)、福盛進也 (drums)、佐藤浩一 (piano)

ピアニスト、桑原あいの「私とECM

今年、2枚のアルバムをリリースし、非常にアクティブなジャズ・ピアニスト、桑原あいさん。ECMのピアノ作品についてニューヨークに旅立つ直前にお話をお聞きしました。


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ECMアーティストとの出会いはどのアルバムからですか?

桑原:小学生45年の頃に聴いたキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』です。どれだけ凄いのかわからなかったけれど、ただただ感動したことを覚えています。


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ECMアーティストから何か音楽的な影響を受けていますか?

桑原:キースの他には、特に影響を受けているとしてはエグベルト・ジスモンチです。ジスモンチは世界で一番と思えるぐらいの奏者だと思います。特に音の綺麗さ。あれはクラシックという人もいるぐらい、技巧的にもまったく申し分ないと思えます。ジスモンチはECMのイメージがあって、いわゆるジャズ過ぎず、映像や綺麗な色が見えるような音楽で。今までいろいろライブでを見た中で、ピアノを聴いて号泣したのはジスモンチが初めてでした。



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ECMのお薦めアルバムを3枚程度お選びいただき、その理由と素晴らしさをお教えください。

Paul Bley Open, To Love

桑原:高校生の頃に『Open, To Love』というタイトルに惹かれて購入しました。普通ソロ・アルバムって自分の曲を弾くことが絶対に多いんですけれど、前妻のカーラの曲をめっちゃ弾くんですよね。(これはカーラ・ブレイと離婚して約8年後に録音されたアルバム)。そういう彼のキャラクター性が好きだなと思ったのと、ピアノの使い方が独特でどこか陰を絶対に帯びているけれど希望の光が見えている感じがします。キースほどピアノに固執し過ぎてはいないけれど、ピアノを通して自分自身の心の中と対話するみたいな。高校のときに聴いて「この人は何を考えてるんだろう?」って思ったアルバムです。



▼2016年惜しくも亡くなった晩年のポール・ブレイ

Keith Jarrett My Song

桑原:このアルバムでは「My Song」「Country」が凄く好き。ヤン・ガルバレクがいるヨーロピアン・カルテットですよね。これは1曲目から4曲目まで相当耳コピしましたね。今でもキースのアルバムで一番聴くのは『My Song』と『ケルン・コンサート』かなぁ。『スタンダーズ』とかも好きですけどね。



KKBOX:小学生の頃からキース・ジャレットとかを聴き始めて、その後もそれぞれを振り返って聴いたりしますか?

桑原:全然しますよ(笑)。自分のピアノとの向き合い方も変わっていくし、聴くたびに違うものが見えてきます。5年ほど前、メジャーデビューというチャンスを頂いたものの、ピアノを好きでなくなっていた時期があったんです。エレクトーン出身の自分がピアノを鳴らすことができるのか、ずっと悩んでいて。コンプレックスもあったのかもしれません。そんな時に電車の中で、ふと『ケルン・コンサート』を聴いた時に、「なぜ、こんなに愛せるのだろう。なぜ、ここまで生命を削ってピアノを弾けるのだろう。」って思ったんです。今まで何度も聴いていたアルバムなのに、突然(笑)。

キースのようにピアノを愛せるようになりたいと思えた瞬間だったし、すごく勇気づけられました。キースがケルン・コンサートを弾いたのが29歳で、私はまだその歳を超えていないけれど、あと3年たって29歳になったときにこんな風に弾けるだろうかとか、彼の29年が羨ましく思ったりすると思うんですよね。

Egberto Gismonti / Naná Vasconcelos Duas Vozes

桑原 2人のリズムのアンサンブルの尋常じゃないレベルの高さ。「環境音楽みたいなことをやってたりするけれど、絶対グルーヴしているし。彼らが奏でている音楽って、私にとっては未知なんです。キースとは真逆で、ジスモンチはひとつの楽器に固執していなくて、凄く広い視野で捉えている人だと思います。自分の表現の一部として、ふっと語りかけているくらいの感覚で音を出していて、それが最高にいいみたいな。凄くリラックスしていて、自然で、まったく肩の力が入っていないのになんでこんなに心が打たれるんだろうって思います。ピアノを弾いているというより、彼自身がそもそも音楽というか。神様みたいな感じです。

KKBOX:今日の話をお聞きしたらジスモンチとキースを聴き比べてみたくなりました。

桑原:ぜひ!やっぱり人だから、生き様が音に出るんだろうし。


KKBOX:桑原さんのニューアルバム 『Dear Family』が今月リリースされたばかりで聴かせていただきました。石若駿さんとピアノ+ドラムスのデュオで、聴く前は「ちょっと何かもの足りないんじゃないか?」という気持ちを持って聴いたのですが、まったくそんなことはなくて。今回2人だけでやろうと思ったのはなぜですか?

桑原:テレビ朝日「サタデーステーション」のオープニングテーマ曲で「石若さんと桑原さんでやってください。編成はなんでもいいです。」というオファーがありまして、石若くんとだったらデュオでやったほうが絶対面白い音楽になるだろうと思って。最初はアルバムの話はなく、テーマ曲のためだけにやってたんですけど、小編成だからこそ生まれるイメージの深さは凄くあると思ってて、私はそれを信じてトリオ編成をやってきているというのもあるので。デュオになるとそれがもっと広がるし。テーマ曲を作るにあたり候補曲がたくさんあったので、「それをまとめてアルバムにしたら」とスタッフが言ってくれたので、1枚のボリュームになりました。2人でのライブの予定は今のところないのですが、近いうちに発表できると思います。


関連リンク

・桑原あい

・伊藤ゴロー (ITO Goro)

資料協力

・目黒 研

KKBOX編集室
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