“ロックなんか”を聴いて育ったおっさんを突き刺した、あいみょん

“ロックなんか”を聴いて育ったおっさんを突き刺した、あいみょん
風間大洋
風間大洋

「ロックなんか聴かないですよ」
どこかで聴いたことのあるフレーズに「ああー、そうかぁ」と面食らってしまった。とある現場の打ち上げの席、たまたま近くにいた20歳そこそこの女子に、周りではどんな音楽が聴かれているのか?と聞いてみたときのこと。いや多分、彼女は全然悪気はないのだと思う。音楽関係者もたくさんいる場だったし、そこに来ているような子なので。

じゃあ20歳くらいの“一般的な”子はどんな音楽を聴いているの? 尋ねてみると、K-POPとかダンスグループとかの名前が挙がる中に混じって、普通にKing Gnuとかも出てきた。なんだ、聴いてるじゃん、ロック。何をもってロックを定義するか、というこれまでも散々議論されてきた難しい命題に行き着いちゃうことでもあるのだが、つまり、その子やその周りの子はKing Gnuをロックだと思って聴いていないわけだ。彼女らにとって“ロックなんか”とは、きっともっと泥臭くていなたくて、エレキギターがギュイーンとするようなものなんだ。


出典元:YouTube(あいみょん)


君はロックなんか聴かないと思いながら 少しでも僕に近づいてほしくて

ロックなんか聴かないと思うけれども 僕はこんな歌であんな歌で 恋を乗り越えてきた


ご存知、あいみょん「君はロックを聴かない」の一節である。それ以前より若年層からの支持をジワジワと増やしていたあいみょんは、2017年のこの曲で一躍脚光を浴び、翌年の「マリーゴールド」で大ブレイクした。「特定の層に人気となる」→「それ以外にも人気となる」というステップアップがとにかく難しい昨今、彼女がそこを隔てる溝を華麗に飛び越えて見せたのは、“ロックなんか”という逆説的キラーフレーズのインパクトはもちろん、その歌詞が乗ったサウンド自体が、“ロックなんか”を聴いて育ち、恋だけじゃなく愛とか子育てとかブラックな労働とか、色んなものを乗り越えてきたおっさん達の、鼓膜と大脳皮質に突き刺さったからだ、と思っている。

かつて、泥臭くていなたくて、エレキギターがギュイーンとするようなロックが座る席が、ポップシーンのど真ん中にちゃんと存在していた時代があった。90年代前~中期。海外で興っていたグランジやブリットポップのムーヴメントに端を発したロックが日本で売れるのはもう少し後の話で、80年代ハードロック由来の成分にポップスを掛け合わせた音と、爽やかでちょっぴり切なくメロディアスな歌、全体的なキラキラ感というのが、所謂「ビーイング系」アーティスト達に代表的されるような90’s J-POP的バンドサウンドの王道だ。具体的には、WANDS「もっと強く抱きしめたなら」、FIELD OF VIEW「突然」みたいな曲調とアレンジを思い浮かべていただければ分かりやすい。一色紗英の出ていたポカリスエットCM、アニメ『SLAM DUNK』、トレンディドラマの数々……嗚呼、懐かしくて涙がこぼれそうだ。



あいみょんが“ロックなんか”と歌っている後ろで鳴ってるサウンドは、思いっきりこの時代の音を彷彿とさせるもの。ディレイやリバーヴを効かせた感じのディストーション・ギターの音色も、奏でられるフレーズも思いっきり90年代の日本のお茶の間に流れていた“ロック”だ。ドラムのスネアやシンバルが軽やかで残響が多めなのも、ここ最近のトレンドとは一線を画していて、潔いくらいに懐かしい音作りに振り切っている。ZARD「君に逢いたくなったら」あたりがとても近いニュアンスなので、一聴していただけると僕の言わんとしていることがわかると思う。


出典元:YouTube(あいみょん)

このパターンは大ヒット曲「マリーゴールド」も同様で、再生ボタンを押してすぐは浮遊感のある今っぽい音が鳴るが、数秒後に入ってくるギターの音はもろに“あの頃”のそれ。誤解のないように言っておくと、パクリだとか焼き直しだとか言いたいわけでは断じてない。むしろ、一度は古臭くなってしまって記憶の奥の方にしまわれていた、あの頃のサウンド特有の魅力を、絶妙なタイミングで陽の下に引っ張り出してくれたこと、しかも当時生まれていなかったような層に支持されるアーティストがそれをしてくれたことに、喝采を送りたいのだ。あいみょん自身、まったくリアルタイム世代ではないというのに。


出典元:YouTube(あいみょん)

以降もあいみょんは、「今夜このまま」や「真夏の夜の匂いがする」みたいなモダンなアプローチの曲も発表しつつ、「あした世界が終わるとしても」や「ハルノヒ」など、広い層に触れそうなタイアップソングを中心に、おっさんのツボを的確に突いてくれている。どこまで自覚的なのかはわからないけれど、もし、「貴方解剖純愛歌~死ね~」や「生きていたんだよな」のような路線のみに終始するアーティストだったとするならば、若い女子(やその彼氏)には大人気だけれども、おっさんたちには到底理解されない、というか耳に届くことのない存在になっていたとしてもおかしくない。


出典元:YouTube(あいみょん)

ここ最近も「さよならの今日に」がニュース番組のテーマとなったり、「裸の心」がドラマ主題歌になったりと、今では存在自体が稀有な国民的アーティストの一人となった、あいみょん。彼女の存在を通して、おっさんは2020年の音に触れることになるだろうし、もし、“ロックなんか聴かない”若き女子たちが懐かしの90’sJ-POPの魅力に気づいてくれる、という状況まで生まれたとしたら。2020年代の音楽シーンの景色には、少しだけ懐かしい風が吹くのかもしれない。


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