シン・ウルトラマンが愛した音楽たち

シン・ウルトラマンが愛した音楽たち
山本雅美
山本雅美

映画『シン・ウルトラマン』が大ヒットしている。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開よりも前に、庵野秀明企画・脚本による映画化が発表されてから、今回の映画公開をどれほど楽しみにしていたことだろう。小さい頃にウルトラマンに心ときめかせたOVER50世代はもちろん、若い世代も巻き込み映画館は連日満員という盛況振りだ。

出典元:YouTube(東宝MOVIEチャンネル)

『ウルトラマン(以下 初代『ウルトラマン』)』は昭和41年(1966年)に放送開始。災害や超常現象を引き起こす怪獣や宇宙人と戦う科学特捜隊と、それに協力するM78星雲にある光の国の宇宙警備隊員であるウルトラマンの活躍劇。平均視聴率36.8%/最高視聴率42.8%を叩き出し、海外でも100を超える国と地域で放送されている。日本のみならず世界中にファンを持っているのがウルトラマンなのだ。

今回の『シン・ウトラマン』の基本設定は初代『ウルトラマン』を踏襲しているが、初代『ウルトラマン』の前身となる『ウルトラQ』や、子供向け番組とは思えないストーリーや演出のこだわりが満載の『ウルトラセブン』をオマージュしたように感じるシーンもある。この3作はテレビがやっとカラー化になっていった時代に放送された「昭和第1期ウルトラマンシリーズ(空想特撮シリーズ)」。VFXはもちろん、CGや高性能なデジタルカメラも普及していなかった時代の特撮作品として熱く語られることが多い。庵野秀明も幼少期にこの空想特撮シリーズから大きな影響を受け、大学生時代に短編の特撮映画を製作している。

出典元:YouTube(東宝MOVIEチャンネル)

また映画本編以外にも「知りたくなる、語りたくなる」エピソードも満載だ。ウルトラマンに変身する男・神永新二を演じる斉藤工の父親が『ウルトラマンタロウ』シリーズで制作スタッフだった話や、ウルトラマンに変身するシーンはスマートフォンカメラで撮影された演出だったとか、初代『ウルトラマン』シリーズのゾフィーと『シン・ウルトラマン』のゾーフィの呼び方が違う意味とか、怪獣ではなく禍威獣と呼ばれる理由など、出演者や演出方法、ストーリーの設定など『シン・ウルトラマン』に纏わるトリビアな話は尽きない。しかしそれは他の紹介記事に委ねるとして、このコラムでは音楽配信サービスらしく『シン・ウルトラマン』の音楽的な魅力を紹介していこう。(一部ネタバレがあるのでご注意ください)

世代を超えて共感させられた米津玄師「M八七」の破壊力

米津玄師が『シン・ウルトラマン』の主題歌を制作するに当たって、指針としたのはウルトラマンや怪獣のデザインを手がけた画家・彫刻家の成田亨。米津玄師は彼が作り上げた凛とし毅然としたウルトラマンに向き合い、大きな敬意を払うことで生まれたのが「M八七」だったという。

出典元:YouTube(Kenshi Yonezu 米津玄師)

エンディングで「M八七」が流れ始めると、空想の世界が終わったという感覚に包まれ現実に引き戻されていく。しかしそれはネガティブなものではない。なぜなら「M八七」が、米津玄師による全身全霊のウルトラマンに対する祝福の賛歌だからだ。〈遥か空の星〉という歌詞から始まる「M八七」。その歌詞を注意深く聴いているとある想いが頭をよぎった。「M八七」は、幼い頃からずっと自分の胸の中に眠っていたウルトラマンと、いまの時代を生きる中で新たに出会ったウルトラマンとを出会わせてくれる歌なのではないだろうかということ。そして、この歌に登場する「君」と「僕」は、そんな2つの時代のウルトラマンに対して、僕らの想いが歌われているようにさえ感じられる。米津玄師は自分たちが言葉にできなかったウルトラマンへの想いを見事に表現してくれている。

君の手が触れた それは引き合う孤独の力なら
誰がどうして奪えるものか
求めあえる 命果てるまで

ちなみに「M八七」の歌詞にある〈引き合う孤独の力〉は、詩人・谷川俊太郎の代表作「二十億光年の孤独」の一節に出てくる言葉だ。この詩を改めて読み返すと、ウルトラマンの世界観と強く結びついていることを知ることができる。米津玄師はこんな言葉のひとつから、さらに奥深い世界へ誘ってくれているのかもしれない。また「M八七」のジャケットは米津玄師自身が描き下ろしたものであるというのも、米津玄師のウルトラマンに対する並々ならぬ気持ちを感じる。

ところで、タイトルの「M八七」。光の国は M78星雲なのに、なぜ「M八七」というタイトルになったのだろう。実は『ウルトラマン』でも企画段階では(実在する)M87星雲だったものが、間違いでM78星雲になってしまったという逸話がある。ウルトラマンは架空ではなく、もしかしたら?というロマンさえ感じさせる「M八七」。この歌は、これから何十年と僕らの胸に残る歌になっていくことだろう。

『初代ウルトラマン』の世界と繋がる宮内國郎不滅のウルトラソング

映画本編の劇判音楽は予想通り、いや予想以上に初代『ウルトラマン』で流れていた音楽のオンパレードで、気持ちを高めてくれた。若い世代にはかなりレトロチックに聴こえたかもしれない音楽を担当したのは、ジャズ音楽に傾倒した作曲家の宮内國郎(1932-2006)。ウルトラマンの世界観はこの音楽があったからこそ成り立っていたと言えるほど、初代『ウルトラマン』の骨格を成すものだった。ぜひ宮内國郎の音楽ワールドも堪能して欲しい。マーブリングが渦を巻き現れる冒頭のタイトルクレジットは『昭和第1期ウルトラマンシリーズ(空想特撮シリーズ)』のオープニングの定番だ。『シン・ウルトラマン』でも同様なオープニングで、そこで流れるのは「メインタイトル ウルトラマンOP(Q・M-1T2+タイトルT5)」「メインタイトル タイトルB」。この気味の悪い雰囲気の音楽が怖くて、幼い頃は耳を塞いでいたことを鮮明に覚えている(※筆者はリアルタイム世代ではなく再放送世代です)。

出典元:YouTube (ウルトラマン公式 ULTRAMAN OFFICIAL by TSUBURAYA PROD.)

映画が始まりいきなり驚かされるのがオープニングの2分30秒。この短い時間の中でゴメス、マンモスフラワー、ペギラ 、ラルゲユウス、カイゲル、パゴスなど『ウルトラQ』に登場した6体の“禍威獣”たちが出現し、それまでの自衛隊や禍特対(禍威獣特設対策室)との戦いを振り返ってくれるのだが、ダイジェストというには贅沢過ぎる紹介。ここで使われている音楽は、もちろん「ウルトラQ テーマIII(M-2T2)」。


『ウルトラQ』オリジナルサントラには「テーマ1」「テーマ2」が収録。聴き比べてみるのも面白い。ジャケットは不気味なケムール星人。

『シン・ウルトラマン』の劇伴音楽は、前半パートと後半パートで使用される曲の雰囲気が大きく変わることに注目してほしい。前半は宮内國郎が手がけた初代『ウルトラマン』の音楽が、息つく間もないくらいに畳みかけてくる。また『シン・ウルトラマン』では初代『ウルトラマン』の音楽をリマスタリングしたもの(オリジナル曲に忠実な曲)から、新たにレコーディングしたものが混在しているのがポイント。宮内國郎の音楽がどのように使い分けられているかを気にしながら見てみると、『シン・ウルトラマン』の違った楽しみ方もできるはず。

例えばウルトラマンが最初に戦う禍威獣・ネロンガは、初代『ウルトラマン』では第3話に登場する強敵な透明怪獣だ。このネロンガとの戦闘で流れるのが「科特隊出撃せよ 電光石火の一撃」。戦いの最後に楽曲がストップし、静寂の中でウルトラマンがスペシウム光線を放ちネロンガを爆破させる最初の名場面。この音楽はテレビシリーズの同じ設定で使われているが、映画で使用されているのはロンドンオーケストラによる新録バージョン。ウルトラマンの地球でのファースト・ファイトに相応しい盛り上がりを感じさせる力強いアレンジになっている。この聴き比べも深掘りしてみると面白い。

出典元:YouTube (ウルトラマン公式 ULTRAMAN OFFICIAL by TSUBURAYA PROD.)
テレビシリーズのネロンガとの戦いのシーンで使われた「科特隊出撃せよ 」は1分40秒過ぎから



『シン・ウルトラマン』で使用された新録バージョン

その他にもロンドンオーケストラによる新録バージョンは、前半のウルトラマンの各戦闘シーンで使われている。各バトルシーンで流れる壮大にアレンジされたバージョンは『シン・ウルトラマン』の戦いを盛り上げてくれるのだ。そして前半最大の見せ場、にせウルトラマンとなって街を破壊するザラブと戦うシーンの音楽もロンドンオーケストラによるものだ。初代『ウルトラマン』でも、このウルトラマン同士の戦いは神回で、かなり興奮したことを覚えている(ただし、当時のにせウルトラマンは見るからに「偽物だよね?」とわかる顔つきだった)。この名場面が今回再現されたことは興奮でしかない。そして神永新二がウルトラマンに変身するシーンから流れる音楽が「遊星から来た兄弟 勝利」。初代『ウルトラマン』でも、この音楽が流れればもう安心、ウルトラマンの勝利の合図のようなものだった。そして音楽は『侵略者を撃て 空中戦』へと繋がり、難敵ザラブとの戦いに勝利する。

出典元:YouTube(東宝MOVIEチャンネル)

宮内音楽で使われるはこのザラブとの戦いのここまで。ここまで使用された曲数は25曲にもなり、往年のファンはどこかノスタルジックな気持ちになり、若い世代は新感覚の音楽として『シン・ウルトラマン』の世界に引き込まれているはずだ。絶大な音楽の効果もあってか、ここまで時間の経過がなんと早かったことか。

新解釈が目白押しの後半は、庵野作品に欠かせない鷺巣詩郎の音楽

前半は初代『ウルトラマン』の設定を大きく変えることのないオマージュ的な意味合いを持ったストーリーと懐かしい宮内音楽が使われたのに対して、外星人メフィラスの登場とともに始まる後半は『シン・ウルトラマン』のオリジナルな新解釈での展開となっていく。そして音楽も『エヴァンゲリオン』ほか、庵野作品に欠かせない鷺巣詩郎が手がける、映画『シン・ウルトラマン』で初披露のされる新曲がスクリーンを飾っていく。高度な知能を持ち、武力によらない地球征服にこだわるメフィラス。基本のキャラクター設定は初代『ウルトラマン』を踏襲しているものの、ストーリーへの関わり方は大きく違っているのに注目。メフィラスはウルトラマンに変身する時に使うベーターカプセルを転用し、人間を巨大化させて生物兵器にしようと企てているという思いもよらなかったストーリーが展開される。

出典元:YouTube(東宝MOVIEチャンネル)
エヴァ感が炸裂するメフィラス名場面映像。山本耕史のメフィラスっぽさが抜群


またメフィラス・パートはどことなくエヴァ的な空気感を感じさせてくれる。神永と人間の姿をしたメフィラス(山本耕史)が、公園でブランコに乗りながら会話をしているバックで流れる音楽は「Univers réels et irréels 〈現実と非現実〉」。敵対する外星人同士が、なぜか心の内を漏らしてしまうかのような安らぎを感じるシーンだ。まるでエヴァ史上で一番穏やかな描写となった「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」の第三村で生活をしている綾波レイの姿が浮かんでくるような音楽の空気感。

そして人間の姿をした二人が居酒屋で会話を続けるのも面白い。このあたりの泥臭い描写は『ウルトラセブン』のモロボシ・ダンが、メトロン星人と小さなアパートの部屋であぐらをかいて会話をしていたシーンを連想させる。また『シン・ウルトラマン』では、登場人物たちをかなり変わったカメラアングルで撮影している場面がたくさんあるのが印象的だ。そう言えば『ウルトラセブン』でも、子供向け番組とは思えないこだわったカメラアングルがあったことを思い出す。このあたりは見る人によっては、どことなく『ウルトラセブン』のテイストも感じることができるのではないだろうか。

初代『ウルトラマン』でも屈指の強さを持つ宇宙人の設定だったメフィラスは、やはり強い。そんな激しいバトルシーンの高揚感を掻き立てる音楽は「An Out of Body State 〈体外離脱〉」。攻撃的で変則的な打楽器のリズム、不穏な合唱、荘厳なオーケストラの重厚さに、スピーディーなビートの重なり具合に痺れる。ちなみに映画の特報やティザーで使われていた音楽だったので、多くの人が耳にしていたのではないだろうか。メフィラスはウルトラマンとの戦いをあと一歩のところまで追い詰めるが、光の星からの新たな使者の出現により、地球の命運を悟りベーターシステムを回収して撤退する。

その使者とはゾーフィ(テレビではゾフィー)。初代『ウルトラマン』ではウルトラ兄弟の長兄という設定で、ウルトラマンたちを助ける正義の味方だった。しかし『シン・ウルトラマン』では、神永とウルトラマンが一体化したことで人類が生物兵器に使えることが宇宙中に知れ渡ったため、危険な存在となった人類を殲滅させる役割を持つ使者という大胆な設定にされている。そして天体制圧用最終兵器ゼットンを操り、地球を太陽系もろとも滅却するというとんでもない作戦に取り掛かる。このあたりはゾフィーは頼りになる存在と馴染んできた世代にとってはすぐに頭を切り替えることができず、「なんで?なんで?なんで、ゾーフィがゼットンと仲良いの?」と戸惑ったシーンかもしれない。

出典元:YouTube(東宝MOVIEチャンネル)

そして物語はいよいよクライマックスへ。自分の命を捨ててまでゼットンとの最終決戦に挑むウルトラマンの命運はどうなるのか。まだ『シン・ウルトラマン』を見ていない人は、ぜひ皆さんの目で楽しんで頂きたい。そのクライマックスシーンで流れる音楽は、ファンファーレの音で始まる「Is Humanity to die? 〈世界の終わり?〉」。

この音楽を聴いてどのような戦いが繰り広げられたのかを想像してみてはどうだろう。そして映画館に足を運び、『シン・ウルトラマン』を彩る音楽の魅力も堪能して頂きたい。

山本雅美
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