多種多様化するアーティスネームの変遷物語

最近のアーティストネームは実に多種多様な進化を遂げています。ストリーミングのヒットチャートを眺めてみると、英字表記や難解な表記になんと読むのか迷ってしまうこともよくあります。今回はそんなアーティストネームの変遷について、これまでのアーティスト・ネームも振り返りながら勉強してみたいと思います。
まず押さえておきたいのが、アーティストの変遷です。アーティストのネーミングは2000年以降に細分化していくのですが、それ以前はどうだったのでしょうか?1980年(昭和55年)の年間ヒットチャートTOP50を見ると“長渕剛” “田原俊彦” “松田聖子” “五木ひろし”など上位50位以内のアーティストのほとんど(34組)が姓と名前というオーソドックスな日本人名表記となっています。アリス、クリスタルキング、ジューシィー・フルーツなど英語由来のグループも登場しますが、当時はカタカナ表記ばかりなのでわかりやすく、まだまだ牧歌的な香りが漂っています。しかしアーティストネーミングはこの間も静かに変化の兆しを見せ始めます。それはジャニーズ・グループの台頭です。“シブがき隊” “少年隊” “光GENJI” “男闘呼組”など常識を破ったチャレンジングなネーミングが、音楽シーンに大きな刺激を与え始めていました。インパクト性の強いネーミングはジャニーズの影響が強いのかもしれません。
出典元:YouTube(米米CLUB Official YouTube Channel)
そして1990年(平成2年)になると、年間ヒットチャートTOP50のアーティストのネーミングに少しずつ変化が生まれてきます。この年の1位は「おどるポンポコリン」の“B.B.クィーンズ”、2位には「浪漫飛行」の“米米CLUB”、3位は「今すぐKiss Me」の“LINDBERG”。バンドブームなどもあり、他にも“DREAMS COME TRUE”や“THE BLUE HEARTS” “プリンセス・プリンセス” “JITTERIN’JINN”などが名を連ね、従来型の日本人名表記は17組に減少し、ちょっとオシャレなネーミングのアーティストが増えてきます。注目したいのは“米米CLUB“の登場です。音楽スタイルもさることながら、グループ名も斬新で「なぜ、お米と音楽が関係あるのだろうか?」「そもそも、このグループはお米屋さんなのだろうか?」と思うほど、衝撃的なネーミングでした。現代の”Official髭男dism”や“アップル斎藤と愉快なヘラクレスたち”に通じるルーツ感を覚えます。
このような試行錯誤だったアーティストネーム黎明期&過渡期を経て、2000年になると様々なアーティストネームが登場する発展期を迎えます。
あなたはどちらの出身??英字表記のアーティスト
最近のチャートランキングを眺めると従来型日本人名表記はほとんど影をひそめ、2022年KKBOX年間ランキング(2022年10月20日時点)では、“宇多田ヒカル” “星野源” “平井大” “三浦大知”など数えるほどしかいなくなりました。 その一方で、“LiSA” “Ado” “Uru” “Aimer” “milet” “yama” “Vaundy”などなど、最近のソロアーティスト名は「どちらの国の出身の方ですか?」「何かの挨拶ですか?」と思わず聞きたくなるような英字表記ネーミングが本当に多くなり、「ここは異国なのだろうか?」という錯覚さえ感じます。
出典元:YouTube(milet Official YouTube Channel)
しかし、これは最近に始まったことではなく、ヒップホップ界隈では“ZEEBRA” “KREVA” “KOHH”といった海外ナイズされたアーティストはこれまでにもたくさんいました。確かにヒップホップ・アーティストは本場ニューヨーク・テイストのネーミングがキマリます。ただ、なぜこんなに氏名ではなく、匿名性を持つソロアーティストが増えてきたのでしょうか?それは音楽の伝達手段がインターネットに置き換わり、そこではアーティストの顔や実名は必要なく、むしろ匿名性を持っている方が多くの人に支持されやすい傾向になってきていったことが要因のひとつと言えるでしょう。
出典元:YouTube(KREVA)
でも、それ以前はどうだったのでしょう。それは1971年に遡ります。匿名性を持ったアーティストのルーツとも言えるのが、歌謡曲全盛の真っ只中で登場したギタリストの“Char”ではないでしょうか。ジミ・ヘンドリックスばりの本格的なギターサウンドもさることながら、「Charって言うからには、この人、アメリカ人なんだろうか?」と思った人も当時は多かったのではないでしょうか。しかしCharの本名は“竹中尚人”という、品川区・戸越銀座生まれの生粋の日本人です。それにしても、このアメリカンな名前は当時としてはすごいセンスです。女性ソロアーティストとしては1991年にデビューした“Chara”があげられます。音楽の魅力はもちろん、資生堂「PJラピス」の出演や多数のファッション誌を飾るなど、多くの女性から支持を集めました。
出典元:YouTube(Chara Official YouTube Channel)
2000年(平成12年)になると、現在のアーティストネーミング群雄割拠時代に繋がる決定的なアーティストが大ヒットを放ちます。それは「Everything」を歌った“MISIA”です。その由来はMessiah(メシア=救世主)とASIA(アジア)をかけたものであると言われ、「音楽界の救世主(メシア)となり、アジアの人々に自分の音楽を伝えたい。」という想いが込められているそうです。ちなみに“MISIA”は、長崎県対馬市の出身です。このMISIAの登場は、その後の“aiko”や“AI” “Cocco” “RUI”といった匿名性を持つ、英字表記アーティスト時代の到来に影響を与えたと考えられます。
出典元:YouTube(MISIA)
近年はひらがなアーティストが台頭
英字表記アーティストのほかに、ひらがな表記アーティストも続々増えています。
“まふまふ” “あたらよ” “れん” “もさを。” “そらる”
“なとり” “きゃない” “しまも” “りぷ” “ねをる”
まるで新しい若者言葉のようでありあだ名のような名前は、すぐにはアーティストの名前として理解できない人も多いことでしょう。しかし、どれもストリーミング・ランキングに名前を連ねる若い世代に人気のアーティストたちです。このあたりをきちんと押さえておかないと、若者たちと会話ができなくなる恐れがあるので、お父さん&お母さん方は注意が必要です。このような新種の日本語的アーティスト名のルーツは誰なのでしょうか。
出典元:YouTube(まふまふちゃんねる)
それは「つけまつける」「ファッションモンスター」「にんじゃりばんばん」など革新的な曲で幅広い世代に人気となった“きゃりーぱみゅぱみゅ”です。名前もそうですが、声に出すと噛んでしまい上手く言えない人もたくさんいたので、略して「きゃりー」と呼ぶことが多くなっています。もともと学生時代にあだ名で「きゃりー」と呼ばれていたのと、丸くて可愛いひらがなが好きだったということがネーミングの由来です。しかし正式名は“きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ”だということは、あまり知られていません。
出典元:YouTube(Warner Music Japan)
そしてひらがなアーティストとしての確固たるポジションをつくったのは、間違いなくシンガーソングライターの“あいみょん”です。お父さん世代にとっては「あいみょんー」と呼びかけるのは少し照れてしまう恥ずかしさがあるかもしれません。ネーミングの由来は、学生時代に仲の良い友達から「あいみょん」と呼ばれていたあだ名が、そのままアーティスト名になっているそうです。あだ名をアーティスト名にすると友達感覚のような親しみやすさが作られやすく、それが人気の要因にも繋がっているのかもしれません。
文学的香りのネーミングから、ご近所さん的なネーミング。
“ずっと真夜中でいいのに。” “水曜日のカンパネラ” “三月のパンタシア” “雨のパレード“ “カラスは真っ白” “それでも世界が続くなら”
音楽をあまり聴かない人はこれがアーティスト名ではなく、映画か小説のタイトルと思ってしまう人もいることでしょう。最近のちょっとしたブームなのが、このような文学的な香りのするネーミングです。さて、このようなネーミングが使われ始めたのはいつ頃からだと思いますか?古くをたどれば70年代。「太陽がくれた季節」を大ヒットさせたフォークグループの“青い三角定規”が元祖だったのかしれません。
出典元:YouTube(水曜日のカンパネラ)
記憶に新しいところでは2014年に「猟奇的なキスを私にして」をヒットさせ、紅白歌合戦にも出場を果たした“ゲスの極み乙女”。緻密に考えられたように感じさせられるネーミングですが、キーボードのちゃんMARIが「ゲスの極み乙女」とプリントされたトートバッグを持っていて、みんなが「これ、いいじゃん。」という軽いノリできまったのだか。また“SEKAI NO OWARI”も衝撃の大きなネーミングでした。その由来はボーカルのFukaseが10代の頃に発達障害で閉鎖病棟で入院生活を過ごした辛い過去があり、その時に「もう、世界の終わりだ。」と感じた体験が元になったといいます。こちらは深い意味を持っていますね。
出典元:YouTube(Warner Music Japan)
最近では文学的なネーミングとはちょっと違う、ご近所さん的ネーミングのアーティストにも注目です。店の屋号かと勘違いしてしまった3ピースロックバンド“ヤバいTシャツ屋さん”や、会員制クラブのような香りを漂わせながらも音楽はとてもチルでセンス抜群の“変態紳士クラブ”などが大人気です。ニッチ層に響くネーミングでありながら、グループ名と音楽のギャップ感も萌要素の一つかもしれません。
インパクトの強い漢字だけのネーミング
これまで紹介したアーティストとは違い漢字だけで構成されたネーミングのグループ(以下、漢字名グループ)は、一度目にしたら忘れることのできないインパクトを醸し出しています。古くは70年代にタブーに挑戦する政治的に過激な歌詞とラディカルなライブで若者を熱中させた“頭脳警察”、80年代のバンドブームの中で過激なビジュアルとサウンドで異質を放った“筋肉少女帯”や“人間椅子”などなど、江戸川乱歩の小説のタイトルのようなバンドたちは名前だけでも興味津々でどんな音楽を聴かせてくれるのか気になったものです。またヤンキースタイルで一世風靡した“横浜銀蝿“は、おしゃれな街の横浜と害虫である蝿を掛け合わせるという奇想天外なネーミングで世間をあっと言わせました。
出典元:YouTube(KING RECORDS)
その後、“怒髪天”や“女王蜂” “住所不定無職” “打首獄門同好会”などへ繋がっていくわけですが、漢字名グループで頂点に立つのは“東京事変”ではないでしょうか。「事変」とは、宣戦布告なしの戦争状態や、小規模・短期間の国家間紛争にも用いられる言葉ですが、これをグループ名に用いたことはとてもチャレンジングなことだったと思います。
漢字名グループの音楽は、伝統的に過激なロックやパンクサウンドが多かったと言えますが、そこに一石投じたグループがいます。それはいま若者たちに絶大な人気の“緑黄色社会”です。ボーカル・長屋晴子の透明感溢れる歌声ときらきらしたサウンドは、これまでの漢字名グループのサウンドとは一線を画したという点で注目です。おそらく今後は爽やかな音楽を奏でたり、いま流行のシティポップ・グループに浸透していくはずです。
出典元:YouTube(緑黄色社会)
若者しか読めない!!もはや初見では読めないネーミング
例えばジャニーズの人気グループの“SixTONES“。最近まで「シックストーンズ」だと思っていたのですが、正式な呼び方としては「ストーンズ」だったことに愕然としました。また国民的な愛されグループになった“NiziU“。「ニジュー」なのか、「ニジユー」なのか、それとも「ニイジュ」、いやいや「ニジウ」なのか、実は呼び方を迷っている人もたくさんいるはずです。
出典元:YouTube(SixTONES)
新世代のアーティストはさらに難解で、もはや読めなくていいよ的なアーティスト名が急激に増えているのも最近の特徴です。トラックメイカーとしてマルチに活躍する女性シンガーソングライターの“AAAMYYY”。 “GReeeeN”に近い雰囲気なので「アーミイー」かなと思っていましたが、正解は「エイミー」でした。惜しい!
またネーミングに数字を取り入れたアーティストも増えてきています。例えば、けものフレンズなどの舞台音楽制作や他アーティストへの楽曲提供も行なう新鋭のシンガーソングライターである“4s4ki”です。いったいなんと読めばいいのでしょうか。これは、“4”を“A”に見立て「アサキ」と読みますが、初見ではなぞ過ぎます。
出典元:YouTube(4s4ki)
さらに読解難度の高いアーティストネームを紹介していきます。沖縄県与那原町発の同級生バンド“奢る舞けん茜”、ロンドン生活が長く最先端のUKサウンドを取り入れたオルタナティブ・ロックバンドの“DYGL”、アコースティック・テイストなロックが気持ちいい“A(C)”、ガールズ・ラップユニットの“hy4_4yh”など挑戦的なアーティストが続々登場しています。ビジュアル系に至っては、現在活動を中止しているグループもありますが “Da’vidノ使徒:aL” “愛狂います。” “少女-ロリヰタ-23区”などなかなかのバンド名もたくさんあります。ここでは何と読むかは触れないので、ぜひ調べて見てください。2問以上正解であればZ世代的感性を持っているので自信を持ってください。
最後にいま最も注目されているのが“米津玄師”。ボカロ時代は“ハチ”と名乗る匿名アーティストでしたが、現在は本名で活動をしています。「え、米津玄師って芸名じゃないの?」と思う人がいるかもしれませんが、こちらは正真正銘の本名です。
— 米津玄師 ハチ (@hachi_08) March 6, 2017
アーティストネームを紐解いていくと、日本の言葉の多様性を感じます。「グローバリズムの中で世界で通用する英字表記ネーミング」、「個人情報保護さえ意識してるんじゃないかという匿名的なネーミング」「人々の印象に残るインパクト重視のネーミング」「日本の心を大事にした和風&漢字系ネーミング」「若者世代が使う言葉を取り入れた難解ネーミング」などこれからも様々なカタチで進化をしていくことでしょう。
20年後、日本のヒットランキングに登場しているアーティストの名前が楽しみでしかたありませんね。