岩渕想太(Panorama Panama Town)が2021年刺激を受けた「読む・見る・聴く」

岩渕想太(Panorama Panama Town)が2021年刺激を受けた「読む・見る・聴く」
阿部裕華
阿部裕華

ヴォーカルの声帯ポリープ発症よる一時活動休止、メンバー(ドラム)の脱退、そしてコロナ禍ーー度重なる試練を経た今、より一層強度を増したオルタナティヴロックバンド「Panorama Panama Town」(以下、パノパナ)。2021年11月24日には約2年ぶりのMini Album『Faces』をリリースする。

本リリースに合わせ、Vo&Gt・岩渕想太にインタビューを決行。アルバムの話はもちろん、神戸大学文学部で映画・音楽の学びを深めていた彼がアルバム制作期間中の2021年に刺激を受けた「読む」「見る」「聴く」について話を聞いた。

刺激を受けた「読む」とは

ー岩渕さんが2021年に刺激を受けた「読む(本)」「見る(映画)」「聴く(音楽)」について教えてください。まずは「読む」から。漫画でも大丈夫です!

岩渕:実は本や漫画はあまり読まなくて……数少ない中でも印象に残っているのはスウェーデンでベストセラーになったフェミニズムギャグコミック『21世紀の恋愛:いちばん赤い薔薇が咲く』(著者 : リーヴ・ストロームクヴィスト よこのなな)ですね。めちゃめちゃ面白かったです。

ースウェーデンの漫画って初めて聞きました。

岩渕:僕自身も読んだことのないジャンルでした。「明日のアー」というコントユニットがあるんですけど、その主宰者の大北(栄人)さんが「今の恋愛観にすごくフィットしている」とツイートしているのを見て読んでみました。

ーどんな内容の作品なんですか?

岩渕:説明が難しいんですけど、古今東西のいろんな神話や史実、哲学書から21世紀の恋愛の思想をまとめて読み解くといった内容です。今は理性があり過ぎて「人に耽溺(たんでき)するのはダサい」みたいな価値観があるけれど、その恋愛観が崇高されている歴史もあった。だから、恋に落ちるのは悪いことではないし、もっと感覚的に人を好きになってもいいと多様な恋愛観を認めてくれるんですよ。一見哲学的で難しい内容だけどギャグコミックとしてライトに描かれているので、すごく読みやすくて面白かったです。

ー岩渕さんも『21世紀の恋愛』を読んで、自身の恋愛観について考えました?

岩渕:これまでインタビューで一度も恋愛の話をしたことがないほど、自分にとって恋愛が何なのか分からな過ぎて……(笑)。「好きに理由なんてなくね?」くらいの気持ちだったんですよ。でも、この本を読んでその気持ちを拾ってもらった感覚はあります。恋愛ってそんな大層なことでもないよなって思うことができました。肯定されたというか「すごく分かる!」となりましたね。

ーこれを読めば岩渕さんの恋愛観が分かるかも(笑)。

岩渕:あはは(笑)。僕自身、当たり前のことを1回立ち止まるクセがあるから、同じ場所で立ち止まっている本や映画を見ると立ち止まることに対して判を押してもらった気持ちになるんですよ。なので、そういう作品はすごく好きですね。

刺激を受けた「見る」とは

ーでは続いて、「見る」についてはいかがでしょう。学生時代に映画の勉強をされていた岩渕さんの選ぶ作品は気になるところ。

岩渕:最近だと宮崎大祐監督作品ですかね。2016年に公開された映画『大和(カリフォルニア)』から好きになりました。特に『VIDEOPHOBIA』(2019年公開)というモノクロ映像のスリラー作品がすごく面白い。大阪を舞台に主人公の女性がクラブで出会った男性と一夜限りの関係を持つのですが、実は情事がカメラに撮られていてネットに流出してしまう。そのトラウマから徐々に精神を失調させていく主人公とどこかおかしい登場人物たちをホラータッチで描きつつ、現代にはびこる身近な男女間のトラブルや大阪の街に潜む差別構造を浮かび上がらせるような作品です。

出典元:YouTube(シネマトゥデイ)

ー説明だけでも面白そうなのが伝わってきます。

岩渕:最近になって宮崎監督作品がネットで配信され始めたのでいろいろ見てみたのですが、やっぱりこの監督は好きだなと思いました。形容し難いジャンルの映画をつくられる方ですごく面白い。僕自身、洋画・邦画問わずそういう作品が好きで。『アンダー・ザ・シルバーレイク』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督とか。枠組みから飛び出すような作品は観るようにしています。型にハマらないものやズレているものをつくろうとすると人間のエゴが出てくる、その瞬間がすごく好きなんですよね。

ー別のインタビューでチラッと拝見したのですが、『エヴァンゲリオン』もお好きですよね。今年公開した『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』もご覧になられましたか?

岩渕:3回観に行きました(笑)。親が『エヴァ』にハマっていたと聞いて、中学生の時にTVアニメ版の再放送を見たんですよ。最終回を見終わった後、ショックのあまり1週間学校を休んだ思い出があって(笑)。だからあの頃の自分にケリをつけてくれた『シンエヴァ』は大きかったですね。

ーすべて回収して、ちゃんと終わりましたからね。

岩渕:もう続きはないんだな……と思うくらい、めちゃめちゃキレイに終わりましたよね。余談ですけど、庵野(秀明)監督の『プロフェッショナル』を見て、創作に対する勇気をすごくもらいました。自分が書いた脚本をスタッフの人たちに理解してもらえなくて、最初から書き直していたじゃないですか。僕自身、曲づくりで同じようなことが結構あるんですけど、自分がやりたくないものをメンバーに合わせて続けるくらいなら一度全部やめて作り直してもいいんだって改めて思わされました。

刺激を受けた「聴く」とは

ー刺激を受けた「聴く」についてはいかがでしょう。新しいアルバム『Faces』にも影響を受けている音楽なども教えてください。

岩渕:ここ最近、サウスロンドン周りのバンドが面白くて、今回のアルバム制作では影響を受けました。昔のポストパンクのような流れをすごく感じるけど、ちゃんと今っぽくアップデートされている。過度な打ち込みがなくギター・ベース・ドラムの音で構成されていてカッコいいんですよ。イギリスだとバンドがトップチャートにガンガン入っていて、また「バンドって面白い」という流れがきている感じがしています。

ー一時は、ヒップホップ全盛でUKからもバンドが消えた時代がありましたけど、再燃しているんですね。特に印象深いバンドはありますか?

岩渕:「シェイム」というバンドですね。僕らより年下のバンドで、デビュー時は「オアシス」のような感じだったんです。だけど、今年リリースしたアルバム『DRUNK TANK PINK』は、「トーキング・ヘッズ」みたいにグルーブが洗練されていてカッコよかった。

ーアルバムではどういった点でサウスロンドンバンドシーンの影響を受けていると感じますか?

岩渕:まず僕にとってコロナ禍は、「今バンドをやる意味ってなんだろう」と問いただす時期でもあって。集まれない中でめちゃくちゃ効率の悪い作品づくりをして、お客さんの前でも披露することができない状況だったから。でもバンドにしか出せない熱量があるってサウスロンドンのバンドから学びました。コロナ禍には動画を見て勇気をもらっていましたよ。それから、サウスロンドンバンドシーンは本当に多様で面白い。もともと自分たちもジャンルにとらわれたくないと思っていたから、『Faces』ではAメロ⇒Bメロ⇒サビの構成や当たり前にコードをジャランと弾いて歌うロックバンドのマナーからどれだけ脱出するかを考えました。

ー『Faces』は岩渕さんの声と楽器の音が研ぎ澄まされた楽曲が中心だと感じたのですが、それはサウスロンドンのバンドから影響を受けたことも大きかったんですね。

出典元:YouTube(Panorama Panama Town Official)

岩渕:今年4月にリリースしたEP『Rolling』から意識はしていて、『Faces』ではさらに洗練させていこうと制作を進めましたね。コードをかき鳴らすことに対する疑問を持ってみようみたいな。バンド内でもサウスロンドンの音楽から影響を受けたし、そこからバンドでしか出せない熱量や面白さをどう生み出すのか真摯に考えました。あからさまな打ち込みに頼らず、バンドでしか出せない音だけでどれだけ盛り上がれるかはかなり追求したところです。

約2年ぶりの新アルバム『Faces』

ーこれまでやってきたことに疑問を持って立ち返るという意味で、パノパナにとって『Faces』はかなり挑戦的なアルバムなんだと感じました。

岩渕:バンドの中で仕切り直したい気持ちが強くて。というのも、ポリープの手術があって、メンバーが抜けて、パノパナ復活するぞ!ってタイミングでコロナ禍になった。意図せずゆっくり考える時間ができたおかげで、「今ちゃんと考える時期かもしれない」と思えたんですよ。活動休止する直前は「バンドを大きくしなきゃ」「成果を出さなきゃ」と意識して焦っている状況で、バンドメンバーの関係性も決していいものとは言えず。それがポリープやコロナ禍でリセットされた感じがしました。メンバー同士で音楽の話をする時間が増えて、言いたいことも言い合えるようになって、シンプルに仲良くなった。それが『Faces』では形になった感じがありますね。

出典元:YouTube(Panorama Panama Town Official)

ー『Faces』ではメンバーみんなでつくり上げていった感覚が強い?

岩渕:誰か一人でも欠けていたら完成しなかったと思います。今まではメンバーの誰かがある程度の形までつくって、そこから深くいじらない進め方でした。だけど今回は、僕がつくったデモをサポートのドラムも入れながらメンバーみんなに共有して、みんなでアレンジを考えて作り込んでいきました。一曲一曲がメンバー全員の手を通過したものになったと思います。本当に毎日のように僕の家に全員集まって作業していましたから(笑)。

ー素敵! アルバムタイトル『Faces』もみんなで考えたのでしょうか。

岩渕:僕が考えて、メンバーも気に入ってくれた感じですね。コロナ禍で「ライブハウスが感染を広げている」「若い世代が感染を広げている」と大きな主語の中で括られて名指しされることがすごく多かったじゃないですか。だけど、その中に「顔」はないなと思ったんですよ。いろんなバンドの「顔」があって、その中にもメンバー一人ひとりの「顔」があるのに、たった一つの大きな主語に括られてしまう。僕はそれがただただ悲しかった。だから『Faces』の中には、Panorama Panama Townの「顔」とメンバー4人の「顔」があると言いたくて「顔たち」と表現しました。

ー『Faceless』の歌詞はまさに「顔を合わせてあなたと話がしたい」と伝えていますよね。アルバムの軸となる曲でもあるのかなと思ったのですが、いかがでしょう。

岩渕:『Faceless』がヒントになってアルバムタイトルをつけました。すべてのやり取りが顔と顔を合わせることなく、芯を食っていない。そんな今の時代について歌詞に詰め込みました。今パノパナが伝えたいメッセージの軸になっている楽曲だと思います。

『Faces』楽曲制作裏話

ー『Faces』収録楽曲の中で、制作時の印象に残っている楽曲はありますか?

岩渕:アルバムの中でも最後の方にできた『Kingʼs Eyes』ですかね。『Strange Days』をつくった時にリフを永遠に繰り返す音づくりが自分たちの一つのオリジナリティになると思って、アルバム全体で何となくのテーマとして決めていました。そのテーマでつくっていた曲の中にしっくりこない2曲があり、ギターの浪越(康平)に相談したところ「2曲を1曲にすれば?」とアイデアを提示してくれたんですよ。そこからさらに、70年代ロックバンド「ギャング・オブ・フォー」のリズム隊が演奏しているようなドラムパターンを入れたことで面白く仕上がりました。完成した時には「こんな曲になるんだ!」と驚きがあって楽しかった。僕的にはすごくメンバーに感謝している一曲です。あとはすごく手こずったという意味で『Melody Lane』も印象に残っています。

ードラマ『ギヴン』の劇中バンドに書き下ろした曲ですね。

岩渕:そうです。『ギヴン』では学生バンドが演奏するから、青春を感じられる雰囲気でコードを熱くかき鳴らすような音づくりをしました。なので、その楽曲をパノパナで演奏してカッコいいと思えるところに持っていく作業がすごく難しくて。アルバムの音づくりのテーマに沿った形でアレンジを加えるとなるとどうすればいいのだろうと、ギターの浪越と二人でああでもないこうでもないと言いながら時間をかけてつくり上げました。

出典元:YouTube (the seasons from ドラマ「ギヴン」 Official YouTube Channel)

ー歌詞を含めてパノパナで『Melody Lane』のような曲は初めてだなと感じていました。

岩渕:初めてですね。『ギヴン』の原作漫画を読んで、アニメも見て、主人公の(佐藤)真冬くんになりきるところから始めました。僕、「海へ」(漫画2巻、アニメ9話)の話が好きなんですけど、ドラマにその話が入らないと聞いていたから、歌詞の中でインスパイアしてもいいなと。とはいえ、やっぱりパノパナとしてつくる以上、自分たちから湧き出てきた感情も入れたいと思っていて。その中で2020年のいろんな当たり前がなくなった経験を思い返して、バンドをそれでも続けて行こうと選んだ感情をそのまま繋げられるのではと『Melody Lane』の歌詞を書きました。

ワンマンライブ前の今、パノパナが目指すこと

ーコロナ禍で人と人との距離が遠くなっていく感覚があったのですが、パノパナのメンバーは逆にめちゃくちゃ近づいているなとすごく感じました。

岩渕:コロナ禍ですごく思ったのが、「よく分からない会員制のバーで1回だけ会ったことのある人」みたいな繋がりは全部消えていくなって(笑)。そこでそういう繋がりってめっちゃ無駄だったなと思ったんですよ。薄い関係性っていらないんじゃないかって。

同時に自分の周りにいる強い繋がりを持つ人とはすごく親密になった。メンバーの存在もすごく大事になったんですよ。本当に大事なものが何なのか気づかされた側面はすごくありますね。それが曲づくりにも反映されて、今回はバンドならではの楽しさとか驚きがあった。4人ともが「いい!」と思えるものもできた。バンドをやる意味をすごく感じる期間だったと思います。

ーファンのみなさんにはどんな感情を抱いていますか?

岩渕:やっぱり自分たちのやっていることを好きでいてくれる人たちだから、好きを貫き通すこと・ブレないことが責任だなと思っています。まずは自分たちがワクワクしたいし、そのワクワクを小さいライブハウスから広げていく活動をしていきたいという気持ちが強いです。

ーフェスへの出演や対バンのほかに、12月と1月には<Panorama Panama Town One-man Live 2021-2022 "Face to Face">も予定されています。これらのライブに向けて、現時点での目標や展望はありますか?

岩渕:いいアルバムができたので、それをライブでちゃんと伝えたいですね。いろんな地域を回りますし、ワンマンでは自分的にずっと立ちたかった「東京キネマ倶楽部」も予定されているので、そこでアルバムをちゃんと伝えたい。

ー『Faces』を聴くと兵庫の「クラブ月世界」も「東京キネマ倶楽部」も今のパノパナにすごく合うなと思いました。どんなステージになるか楽しみです。

岩渕:最近声が出せないこともあって、お客さんに対して強く盛り上げたい意識がなくなって。それよりもメンバー4人でスタジオに入って「うおー!」ってなっている瞬間をお客さんと一緒に味わいたいんですよね。「バンドと観客」という関係を一切合切取り除いて、そこにいる人たちが同じところを目指すことが最高のライブだと思っています。

「クラブ月世界」も「東京キネマ倶楽部」もライブハウスのつくりじゃないし非日常的な空間だから、行って鳴らしたい音を鳴らすだけだなって。お客さんもそこで一体になってくれたら嬉しいです。



阿部裕華
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