『Just Wanna Sing(=ただ歌いたいだけ)』に込めたアーティスト・伶の願い

『Just Wanna Sing(=ただ歌いたいだけ)』に込めたアーティスト・伶の願い
阿部裕華
阿部裕華

透明感のある美しくどこか切ない歌声と高い歌唱力で多くの人の心を掴むアーティスト・伶(鷲尾伶菜)。2011年にボーカル&パフォーマーとしてFlower/E-girlsに加入し、2020年末をもってグループの活動を終了、ソロプロジェクトを始動した。そして、2022年4月13日待望のファーストアルバム『Just Wanna Sing』をリリース。

グループからソロに転身して以降、新たな音楽表現を見せ続ける伶は、普段どのようなアーティストに触れているのだろうか。好きなアーティストに迫るとともに、グループ時代の振り返りやソロプロジェクト始動後の変化、様々なアーティストやクリエイターを迎えて制作を進めた本アルバムについてなど“等身大の伶”に迫った。
(写真:安藤未優)

アーティスト伶の「好きなアーティスト」とは?

ー伶さんはグループでの活動を含め、シンガーとして約10年間活躍してきました。その中で目標としてきたシンガーはいますか?

伶:実はいないんですよ。誰かに憧れて音楽を聴くより、曲の良さで音楽に触れてきたので、目標となる存在はいなかったですね。

もちろん好きなシンガーはいますよ! 例えば宇多田ヒカルさん。結婚・出産・育児を経た今も、本当に自分の「良い」と思う音楽を楽しんでいる。宇多田さんの音楽が身近にある生き方がすごく素敵だと思います。

ー楽曲やパフォーマンスの良さだけでなく、“生き方”にも惹かれている。

伶:魅力的ですね。10代で「First Love」のような曲をつくれるなんて本当にすごいと思いました(笑)。どんな人生を歩んだら、こんな感性が培われるのか興味をそそられます。彼女が紡ぐ言葉やメロディににじみ出る独特の世界観にすごく刺激を受けますね。

あと、MISIAさんも自分のアーティストのルーツとして大きな存在です。宇多田さんもMISIAさんもレッスンで歌ってきた曲だったので。

ー伶さんの歌い方や歌声とはだいぶタイプの違うアーティストですね。

伶:自分の好きな歌声と自分に合っている歌声は違いますからね。お2人のように歌いたいけれど、あの歌声を出すには必要な声の成分があると思っています。活動してきた10年間で自分の声を分析して、自分の歌声に合う楽曲を見つけてきました。そういう理由もあって、目標とするアーティストがいなかったのかもしれません!

ーでは、宇多田さん、MISIAさんのほかに好きなアーティストはいらっしゃいますか?

伶:女王蜂も好きです。女王蜂は特に「売春」という曲が好きで。デュエットソングかと思いきや、アヴちゃん一人で全部歌っていることに衝撃を受けて。対バン(蜜蜂ナイト)を始めた頃からライブも見に行っているんですよ。最近すごく人気になられたけど、私は(女王蜂の良さを)見抜いていたぞ!と勝手に思っています。それくらい前から好きで、いつかコラボしたいとアヴちゃん本人にも言っています(笑)。

あとは、あいみょんちゃんやYOASOBI、洋楽はテイラー・スウィフトやアリアナ・グランデ、ジャスティン・ビーバー……洋楽に触れるキッカケでもあったアリシア・キーズも聴きますね。

ージャンル問わず聴かれるんですね。どうやって幅広いジャンルの音楽をキャッチアップしているのでしょう。

伶:一番はサブスクのAI。あれはすごい機能だなと思います(笑)。自分が聴いているジャンルの傾向から、私の好きそうな曲を勝手に選曲してプレイリストをつくってくれるのですが、そのセンスがかなり良くて。そこで知った曲がたくさんあります。

ほかにもゲームが趣味なので、ゲームの人脈から音楽を知ることも多いですね。それこそYOASOBIのAyaseくんは知り合いのゲーム仲間を通じて知って、それがキッカケでYOASOBIを聴くようになりました。TikTokで流行っているBGMを探ることもありますし、音楽を知るキッカケは様々です。

グループ活動の約10年間で得た「負けない心」と「柔軟性」

ーここからは伶さんご自身のアーティスト活動についてお話を聞いていきます。グループでの約10年間の活動は、伶さんにとってどんな日々でしたか?

伶:アーティストとして必要なことが、自分の中に明確に出来上がっていく日々だったと思います。デビューしたのが17歳くらいでしたが、当時からありがたいことに忙しい毎日を過ごすことができて。その中で、「こういう場所でライブがしたい」「このテレビ番組に出演してみたい」「紅白歌合戦に出たい」など自分が幼い頃に見てきた夢を全部叶えてもらいました。

もちろんその分、きついレッスンや大きな場に立つプレッシャーなど大変なことも多かったけれど、この10年間の経験はすべて自分の財産になったと感じています。

ーそれらの経験の中で、アーティストとして特に「得たもの」とは?

伶:すべてとしか言いようがないです。田舎者の17歳が上京してアーティスト活動の右も左も分からない真っ白な状態から、E-girlsとしていろんな色に色付けされていって。振り返ってもE-girlsステータスみたいなものは、今の自分をつくり上げていると思います。

そんな中であえて挙げるなら「負けない心」です(笑)。グループ活動を通して「悔しい」という感情をたくさん味わってきました。そういった感情が一番人間を成長させてくれると思うんですよ。だから今は、自分の前に何か障害物が現れたとしても、それを超えられるくらいの気持ちの強さは身についたように感じます。それから「柔軟性」も。グループでの活動を経た今選ぶ道は、きっと間違っていないだろうってちょっとした自信があります。この2つはソロアーティストとして活動してからも大きく残っている部分です。

ーグループでメンバー一人ひとりの価値観や考え方に触れたことが大きかったんですね。

伶:何でも吸収してしまうスポンジのような心を持てるようになりました(笑)。いろんな意見や選択があって当たり前。一人ひとりに正解がある。だから私自身も、自分の選んだ道を輝かせていければそれでいいのかなと思うことができました。

ソロ活動に「日々成長を感じている」

ー10年もグループで活動していると、ソロになる時はプレッシャーや不安が大きかったのでは?

伶:うーん……でもあまり変化はなかったと思います。グループ活動の時もボーカルとして前に出てメンバーを引っ張る立ち位置にいたから、ソロになっても同じことをしている感覚です。変化したことを挙げるとすれば、何かを決めていく上でグループの時はみんなと意見を出し合って結論を出していたんですよ。11人のメンバーがいたから、11通りの案があった。ソロになって自分だけの考えで結論を出すことは大変だなと感じています。

ー作品(楽曲)の関わり方もグループとソロでは変化があるのかなと思うのですが、それはいかがでしょう。

伶:たしかにソロになってからは、自分の好きな音楽を好きなタイミングで楽しむようになりましたね。グループの時は世間的に受け入れてもらいやすいポップな曲が多かったけど、ソロになって歌うジャンルも変わりました。自分の好きな音楽を楽しみながら届けられたらいいなって思っています。

でもグループでいろんな曲を歌わせてもらえたから、いろんな曲が歌えるようになったので、それはソロ活動をする上で自分のステータスに繋がっていると感じます。

ーグループでの成長が今に活きているというお話だと思うのですが、一方ソロ活動を始めてから成長を感じることはありますか?

伶:全部ですね。自分の日々の成長が目に見えて分かるんですよ。昔の曲を聴くとすごく恥ずかしくなることがあったりします(笑)。昔歌えなかった曲が歌えるようになったりすることが多くて。それは成長しているんじゃないかなと思います。ソロになってからもいろんな歌に触れる機会があるので、今まで出なかったキーや歌えなかったアレンジができるようになりました。喉も筋肉だから鍛えれば鍛えるほどすごく完成されていくなと日々思います。

全曲違うクリエイターが手掛けるソロ初アルバム『Just Wanna Sing』

ー4月13日にソロデビュー後初となるアルバム『Just Wanna Sing』がリリースされました。このアルバム名を決めたのは楽曲が揃う前? それとも揃ってから?

伶:揃ってからです。アルバムタイトルを何にしようといろいろ考えはしたのですが、割とすぐに決まりました。

ー直訳すると「ただ歌いたいだけ」とかなり直球ですよね。

伶:自分の気持ちをシンプルに表現したらこのタイトルになっちゃいました(笑)。グループ活動の10年間があったからこそ、ソロで自分の好きな音楽を好きなタイミングで楽しめています。今までの活動があるから、今があると思うんですよ。今の私だから「ただ歌いたいだけ」って言葉を使えるし、そこに説得力があるよなと感じました。

ーアルバムに収録されている楽曲がタイトルを表していますよね。いい意味でジャンルレス。

伶:本当にジャンルにこだわることなく、歌いたい曲を詰め込みました。流行とか気にしなさ過ぎて、逆に大丈夫かなと思うんですけど(笑)。

ー全曲違うクリエイターが制作に携わっているのも驚きで。

伶:今回はほとんどの楽曲がコンペで、作家さんの名前はあえて見ずに楽曲の素晴らしさのみで選ばせていただきました。というのも、ソロデビュー曲の「Call Me Sick」もコンペだったんですよ。これも「曲が素晴らしい!」と選んだのですが、同時にいくつかキープしていた曲がたくさんあって。温めていた楽曲の中から今回のアルバムに選定しました。

出典元:YouTube(伶 Official YouTube Channel)

また、今の時代はネームバリューではなく、作品そのものが評価される時代になってきたと感じていて。それこそ「宝石 feat. 幾田りら」を手掛けてくれたりらちゃんもですけど、今の日本のトップを歩む人たちってちゃんと才能で評価されている。それは数年前には考えられないことでした。そういう時代になっているならと、今回はいろんな世代の方々に曲をつくっていただきました。なので、シングルとして考えていた曲たちが多いんですよ。アルバム曲というより、シングルでもおかしくないくらいキャッチーさの曲が集まりました(笑)。

ーこれだけ色の違うクリエイターの方たちの楽曲を歌うとなると、曲によって演じ分けみたいなこともされたんですか?

伶:たしかにしたかもしれません! 今言われて気づきました(笑)。 作家さんそれぞれの頭の中に楽曲の完成図や好みの表現がありますし、ディレクションの仕方も違います。なるべく作家さんの思い描く部分に寄り添えるように意識しましたね。

ー『Just Wanna Sing』収録楽曲の中で印象に残っているディレクションはありますか?

伶:「エンカウント feat. 笹川真生」で真生くんに「滑舌を悪くして、もっと気だるそうに歌ってほしい」と言われたことですかね(笑)。そんなディレクションを受けたのが初めてだったので。私自身、これまでボカロ系の楽曲を歌ったことがなかったのですが、言葉が聞き取れないくらいの気だるさがボカロ楽曲にピッタリ合うんだとすごく勉強になりました。

伶の一押しは「Dark hero」「IDNY」

出典元:YouTube(伶 Official YouTube Channel)

ー「エンカウント feat. 笹川真生」を初めて聴いた時はすごく意外性がありました。伶さんの新たな一面を見たというか。

伶:私はYOASOBIに出会って、AyaseくんがボカロPとしても活躍されているのを知ってから、ボカロ楽曲を聴くようになったんですよ。それで自分も1回歌ってみたい!と興味が湧いて、レコード会社の方にお話ししたら、「笹川真生くんって子がすごく素敵な曲をつくる」と教えてくださって。それでオファーしました。

ーボカロ楽曲って人が歌うように作られていないので、息継ぎのタイミングがすごく難しいじゃないですか。それを見事に歌い上げていて。

伶:大丈夫でしたか!? 歌ったことがなかったし、すごく難しかったから心配でした(笑)。

でもたぶん、真生くんは私が今まで歌ったことないと知ってくれていたから、すごく良いバランスで曲をつくってくれたのだろうなと。人とボカロの中間くらいの絶妙さがありました。歌詞も自分じゃ絶対に書けないけど、こういうことを歌ってみたかったとジャストな内容で! 素晴らしい経験ができました。

ー歌詞でいうと「恋と、終わりと、Kiss feat. 清塚信也」では伶さんが作詞を手掛けていますよね。グループ時代も作詞作曲はされていましたが、同楽曲はピアニストの清塚さん作曲です。どのように制作を進めたのでしょうか。

出典元:YouTube(THE FIRST TAKE)

伶:THE FIRST TAKEで清塚さんのピアノとコラボして「白雪姫」を披露した時、ピアノの素晴らしさを再確認したんですよ。それでもう一度清塚さんとコラボしたいと、今回オファーさせていただきました。それで清塚さんから返ってきた曲から切ない世界観を感じて、ピアノのメロディとその世界観を邪魔しないような、言葉が悪目立ちせずに馴染むような歌詞を考えました。

ーメロディのイメージから作詞をしていった。

伶:そうなんです。メロディから悲恋のような印象を受けたので、友達の実体験をもとに「みんなもこういう恋愛しているんだろうな」と思いながら歌詞にしました。1番は男性目線、2番は女性目線の歌詞にしたのも、ピアノのメロディから1番は冷たさ、2番は艶っぽさを感じたから。そこはこだわったポイントです。今までは自分で作詞作曲をしてきたから、自分以外の方が書いたメロディに歌詞を落とし込むことに慣れていなくて本当に大変でした。完成してよかったです(笑)。

ー本当に様々なコラボをされていますが、GENERATIONS from EXILE TRIBE 数原龍友さんとの初コラボカバー「So Special」もかなり話題になりました。同じ事務所であり同世代の数原さんとのコラボはいかがでしたか?

出典元:YouTube(THE FIRST TAKE)

伶:数原くんとは以前から「一緒に歌えたらいいね」と話していたので、満を持して実現できたのはすごく良かったです。また、男性アーティストと歌い上げ系のデュエットソングは初だったので、刺激をもらいました。一緒にレコーディングをして「男性アーティストの倍音ってこうなんだ!」「マイクを通すとこういう声になるんだ!」「声にこんな振れ幅があるんだ!」と発見がたくさんあって、音楽制作の過程が楽しかったですね。すごく良い声だったから「数原くんはこういう曲も合いそう……」と創作意欲が湧きました。

ーいずれ、伶さんの作詞作曲で……。

伶:歌ってほしいです(笑)。 それくらい素敵でした。

ーちなみに、全曲オススメとは理解しつつ、伶さん一押しのアルバム収録楽曲を選ぶなら?

伶:私は「Dark hero」と「IDNY」が好きです!「Dark hero」はタイトルとメロディのインパクトが好きで、一度聴いたら忘れられないキャッチーさを感じています。

歌詞の内容もヒーローの繊細さと強さのバランスがすごく良くて。映像作品をつくるなら悪役にフィーチャーして、「彼なりの人生を描きつつ彼を正義と思っている人もいる」というストーリーにしたいなと考えてしまうくらい深みのある曲です。Flower時代の音楽ジャンルにも近い気がしているので、当時のファンのみなさんには気に入ってもらえるんじゃないかなと思っています。

ー「IDNY」は?

伶:とにかくサウンドがすごく好きです。Chillな曲が好きなので、お酒を飲みながら夜に聴きたくなります(笑)。自分としてもすごくカッコよく歌えたので、よく聴いています。

ー『Just Wanna Sing』を引っ提げてのライブも期待しています。

伶:アルバムを制作する上でライブは全く考えていなかったのですが(笑)、できたらいいなと思っています。コロナ禍になって改めて時は有限だなと感じるようになりました。

アーティストはその時にしか出ない表現がきっとあるし、私自身28歳のタイミングでしかできないライブがあると思います。だから、この歳のうちにライブをやりたいですね。きっと去年と違う表現が見せられると思います。そして、ソロだからこそできるライブを楽しみたいなと思います。


阿部裕華
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