ONCE "今この瞬間をつかむ"|ニューアルバム "Wandering" 発売記念インタビュー
2023年2月にラストライブを行い、19年の歴史に幕を下ろしたピアノロックバンド・WEAVER。そのピアノ&ボーカルの杉本雄治によるソロプロジェクト・ONCEが、ニューアルバム『Wandering』をリリースした。昨年9月リリースの1stアルバムから1年も経たずに、早くも2ndアルバムの発表に至った。ミュージカル音楽の制作、サポートミュージシャンとしての活動、他アーティストへの楽曲提供など多方面で活躍する杉本だが、表現者として自身が先頭に立つONCEの活動も盛ん。まっさらな屋号の下、素直に生み出した音楽によって、ONCEの“人格”が形成される過程を楽しんでいるようだ。もちろんこれまでの歴史も携えていて、その歴史こそが未来へ向かう支えになっている。そんな現在の心境を『Wandering』制作エピソードとともに語ってもらった。
――サマソニには行かれるんですか?(※取材は8月中旬に実施)
その日はサポートで台湾に行っているんです。サマソニも行きたかったな。
――最近は特に忙しそうですよね。サポートの仕事があって、音楽を担当されたミュージカル「無伴奏ソナタ-The Musical-」が千秋楽を迎えたばかりで、ONCEの制作が落ち着いたと思いきや、こうして取材があって。
マジで生きている心地がしないです(笑)。でも山は越えたので、「すごく忙しい」から「普通に忙しい」に変わりました。
――どちらにしろ忙しいじゃないですか(笑)。
(笑)。大変ですけど、なんとかやれてます。
――ONCEの活動も2年目に入りました。始動からの約1年間はいかがでしたか?
この1年は、その時々で伝えたいことをそのまま曲にしていった感覚が強くて。例えば今回のアルバムに入っている「Nocturne」や「夢でもし逢えたら」は、今年の頭のビルボードライブに向けて作った曲なんですけど。そういうふうに「次はこういうライブがあって、こういう曲を届けたい」とイメージしながら制作に取り掛かることが多かったです。
――「バンド・WEAVERのメンバーの一人である杉本雄治」として曲を作るのと、「ソロプロジェクトONCEの主宰者である杉本雄治」として曲を作るのでは違いますか?
やっぱり違いますね。ONCEでは、その時々で自分から自然に湧いてくる感情を形にしている感覚なので。もちろんWEAVERの時に書いていたメロディも自分から湧いてきたものでしたけど、3人でやっているバンドなので、最終地点は「WEAVERの楽曲としてどう受け取られるか」であって、「WEAVERだったらこういう曲がいいだろうな」と考えながら作っていました。そういう意味では、自分100%の作品って世の中にまだ出していなかったんだなと。今はこの環境で自分からどんなものが湧いてくるんだろうかと、新鮮な気持ちで、ONCEのアイデンティティとなるものを探しているところです。
――新鮮な気持ちでいるんですね。
はい。メロディは今までも作ってましたけど、歌詞は自分にとって大きなチャレンジというか。今まで以上に頑張らなければならない部分ではあったので。
――WEAVERでも作詞はしていましたが、メインで作詞を担当していたのは他のメンバーでしたよね。
メロディを書くときは、風景など自分の中にある抽象的なイメージを形にしている感覚なんですけど、歌詞を書くとなると、自分をもっと掘り下げる必要があるんだなとこの1年で感じました。あと、ライブをしている中で感じたことも大きかったです。バンドの時は「WEAVERとしてどんな世界を届けるか」を大事にしていたんですけど、今は一人だから、「観に来ている人 対 杉本」というすごくダイレクトな話になってくるんですよ。(お客さんの中には)音を楽しみに来ている人ももちろんいますけど、そうじゃなくて、普段の生活でつらい経験をしたり、痛みを背負っていたりという中で、「音楽から救いの気持ちを感じ取りたい」「杉本から何か言葉を受け取りたい」という思いで来ている人もいることをすごく感じたので。そういう人たちに対して、自分が今どういう思いでステージに立っているのか、ちゃんと伝えたいという思いが芽生えていったんですよね。バンドの時はその部分をどこかメンバーに頼っていたし、僕自身「WEAVERの杉本として歌う」といった意識があったけど、今はもうダイレクトに自分発信になっているのかなと思います。
――ONCEの曲を聴いていると、杉本さんの人生がいかに音楽とともにあるのかがすごく伝わってきます。音楽に救いを見出しているような感覚はご自身の中にもありますか?
ありますね。音楽の中で自分の気持ちを整理したり、消化したり、ケジメをつけたり(笑)。そういう感覚は強いかもしれないです。
――「夢でもし逢えたら」では〈明日は来ないで 朝は来ないで〉という歌詞が最後に〈明日も笑って 明日も笑って〉と変化しますが、明るい曲調の中で〈笑って〉と歌うことで、本当に笑えるようになるというか。
うん、そんな感じです。さっき話したように「夢でもし逢えたら」はビルボードライブに向けて作った曲ではあるんですけど、メロディの大枠は3~4年前には出来上がっていて。ちょうどコロナ禍で、自分自身コロナにかかって苦しい思いをしたり、仲のよかった人がいなくなったり、いくつかの出来事が重なって落ち込んでしまった時期があったんです。だけど、ずっと引きずっていたらダメだなと思って。別れはやっぱり悲しいものだけど、彼との思い出の中には楽しい記憶もたくさんあるので、そういうものを思い出させてくれるような、前に進ませてくれるような曲を作ろうと思いました。だから喪失感から生まれた曲なのに、これだけポップなんですよね。痛みや苦しみを背負ってどうしても前に進めずにいる自分が、音楽の中で前を向けるようになるというか、未来へ開けていける。この曲で歌っていることは、僕自身が思っていることでもあります。
――今回のアルバムは、「記憶とその蓄積である人生」「他者との出会いによって形作られる自分」について歌っている曲が多いなと思いました。そういうテーマに向かってアルバムを制作していったのか、気づいたらそういう曲ばかり生まれていたのかでいうと、どっちでしょうか。
後者ですね。アルバムを意識して曲を作っていった感覚はそんなになくて。その時々の思いを曲にしていって、どんどん増えていく中で「なんかアルバムになりそうだな」というイメージが湧いてきたので形にしていきました。
――そんな自分のアウトプットに対して、どんな感想を持っていますか?
「やっぱりそうだったよね」という感覚ですね。腑に落ちているというか。今回の作品には、過去を見つめ直した中で気づいた大切なもの、自分がずっと大切にしてきた思いが自然と、強く出ているように思うので。特に「Flyby」「この手」にはアルバムのテーマが表れている気がします。
――「Flyby」いい曲ですよね。離れていってしまった人への想いを歌った歌にも聞こえるし、生活の変化とともに変わっていく人生の目標についての歌にも聞こえる。「Flyby」(=接近通過)というタイトルもぴったりだなと。
タイトルに関しては、僕の大好きなBUMP OF CHICKENからインスピレーションを受けたんですけど。曲の構想ができ始めたのは今年の3月くらいで、WEAVERの解散からちょうど1年ということで、いろいろと振り返ることが多かったタイミングでした。バンドの解散をきっかけに、距離が離れてしまった人がいるように感じたんですよ。思いは僕に向けてくれているのかもしれないけど、ちょっと遠ざかっていってしまった気がするな……って。だけど自分の心の中には、今まで近くにいてくれた人たちから受け取った思いはずっと残っているんですよね。それを大切にし続けていれば、振り返らなくても前に進めると思えた。そういう気持ちを、「いつかまたそばにいられる時が来るんじゃないか」みたいなことも思いながら書いた曲です。
――〈選んだ道の先に/夢見た光を掴むために〉というフレーズが印象的でした。夢を目指して道を描くんじゃなくて、進んだ道の先にあるものを夢と呼ぶんだなと。
ONCEの活動には明確な最終地点がないんですよ。行きたい場所を思い描きながら進んでいるというよりかは、「この人たちとこういう音楽を作りたいな」というものをその場その場で選んでいる感覚が強い。そういう人生観が自然と歌詞に出たのかなと思います。
――行き先を決めずに進むことを今は楽しんでいる。だからこそ『Wandering』(=放浪)というアルバムタイトルなんですね。
今はONCEの音楽がどんどん変化していく過程を楽しんでいるところです。もちろん夢は持っているし、「こうなりたいな」というざっくりとした理想は自分の中にあるんですけど、一つのゴールだけを目指して進むことの難しさも20代の頃に経験したので。ONCEでは「今この瞬間をつかむ」という生き方をしたいと思っているんですよね。
――それこそまさに「Right Now」というタイトルの曲もあって。締め切りに追われながらバチバチと手を動かしているような、机上の風景が浮かぶ曲ですけど(笑)。
まさに「今日形にして明日提出しないと間に合わない」という状況で作った曲です(笑)。
――今までは「WEAVERとしてどんな世界を届けるか」という意識が強かったとおっしゃっていましたが、こういう瞬発的なアウトプットを採用できるのがONCEの面白さですよね。
そうですね。「本当にこのメッセージでいいのか?」というフィルターが現状ないから、その瞬間の感情のままに、衝動的に曲を作れるというのはONCEの一つの武器だと思います。
――制作中に孤独を感じる瞬間はありませんか? ソロプロジェクトである以上、自分の意思決定に対する責任も重圧も大きいだろうし。
いやー、ずっと孤独ですよ。バンドの時は3人で曲を作って、スタッフの意見も取り入れながら作品にしていっていたから、今思えば、周りの人に甘えてしまっていた部分もあったと思います。「この人数がOKだと言ったんだから」というふうに。だけど今は一人だから妥協点すらないというか。「これで完成だ」と決めるのも全部自分なので。
――だったら時間が許す限り突き詰めたくなるわけで、夜が明けないことだってあると。
そうなんですよ。生みの苦しみみたいなものはもちろんありますけど……でも、音もフレーズも全部自分で選んで、曲として仕上げて、聴いたら「いい曲だな」と思える曲が現状生まれているので、制作そのものが自分の救いになっているところがあります。それに、出した曲が今目の前にいる人たちに響いている実感もあるから、「この曲を生めてよかったな」とちゃんと思えているし。もちろん「もっと多くの人に聴いてもらいたい」という思いもあるので、例えば「いつか」では多くの人に共感してもらえるような、普遍的なラブソングの制作に挑戦していますけど。ここまで話した通り、基本的には自分から湧いてくる感情を形にした曲ばかりだけど、「いつか」だけは「ちょっと自分から切り離した曲を書いてみよう」というスタートだったんです。
――なるほど。アルバムのラストを飾る「この手」についてはいかがでしょう。
自分の恋愛経験や愛情を受け取った瞬間を振り返ってみた時に、僕たちの持っている“手”がいろいろな愛情を生み出していることに気づいて。誰かと手を繋ぐことで愛情を感じることもあるし、この1年間でたくさん受け取ったファンの方からの手紙も、一人ひとりが“手”を動かして書いてくれたものだし。小さい頃、母親に毎日作ってもらっていたごはんも“手”から生まれたもので……というふうに、いろいろと思い浮かんできたんですよ。最初はラブソングのつもりで書き始めたけど、恋愛に限らないラブを形にしたいと思うようになって、どんどん構想が変わっていきました。
――このアルバム、これから聴く人にはリピート再生もおすすめしたくて。「いつか」「この手」という他者からの愛情を描いた曲のあと、冒頭の「Overture〜Wandering〜」に戻ると、「Flyby」がまた始まる。この4曲の流れに「身近な人から愛情を受け取ることで温かい気持ちになれた」「そういう温かい記憶や歴史があるから、一人でいる時も頑張れる」というストーリーを感じたんですよね。そしてこれはおそらく、今の杉本さんの率直な思いなんじゃないかと。
それは本当に、言ってもらった通りで。今の自分があるのは今まで出会った人たちのおかげだし、人と巡り合うたびにまた新しい未来が開けていくんだろうなと思いながら、この作品を作っていました。「自分は人との繋がりによって生かされているんだ」とここ数年ずっと思っていたんですけど、この1年でその想いがより強くなりましたね。
――そうやって未来を望む気持ちがONCEの音楽活動、ひいては杉本さんの音楽人生のモチベーションになっていると。
そうですね。人の価値観って夢が叶った瞬間に形作られるものではなく、その過程――失敗したり、つらい思いをしたり、人との別れの中で痛みを感じたり――でどんどん変わっていくものだと思うんですよ。何かを失って孤独になることもあるけど、「その先にまた光を見たい」「また誰かと出会いたい」という思いによって、その人のアイデンティティや価値観は作られていくんだろうなと思っています。同じように、ONCEもこれからいろいろな経験をしながら、アイデンティティや価値観を形作っていくことになるんじゃないかと。そう思うとこれからが楽しみだし、その過程を作品として形にしていきたいですね。
――今後ONCEの活動をどのように展開していきたいと考えていますか?
いろいろなスタッフが関わってくれているプロジェクトなので、時間をかけて大きくしていきたいです。今回の作品はツアーに向けてということで、時間のない中で作ってしまったけど、一度立ち止まって、周りにいる人たちとしっかり話しながら、次の作品に向かっていきたいですね。
――想像ベースで構いませんが、「こんな音楽をやってみたい」「こんな場所でライブをしてみたい」といったビジョンはありますか?
こないだ「この手」のMVを撮影したホールがすごくよかったんですよね。ああいうホールで、音響を使わずにピアノと歌一本でライブをしてみたいです。あと、オーケストラとのコンサートもいつかはやりたいですね。この1年でミュージカルの曲をたくさん書いて、オーケストレーションを全部やれるのは自分の強みだと感じたので。
――最初に触れた通り、杉本さんはいろいろな活動をされていますが、「この活動がここに活きているのか」というのがアルバムの随所に滲み出ているように思います。例えば「Nocturne」の絶妙な質感は、ミュージカル音楽の経験があるからこそこそ出せたものでしょうし。そういう一つひとつの要素を発展させることができたら、ONCEの音楽はもっと面白くなりそうですね。
それは自分でも思いました。例えば、1枚まるまるミュージカル作品のようなアルバムを作っても面白いかもしれないし……大変そうだけど、実現したら素敵だなと思うことはいろいろとあります。ONCEは自由度の高いプロジェクトなので、これからも、やりたいと思ったことはどんどん形にしていきたいですね。