ジョー横溝が聴き解く〜宮本浩次が歌うカバーアルバムの魅力

ジョー横溝が聴き解く〜宮本浩次が歌うカバーアルバムの魅力
ジョー横溝
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2020年はミュージシャンやアーティストたちの音楽活動が停滞しながらも、同時にこれまでと違ったアクションを始めた1年となっています。その中で、宮本浩次は実にアクティブな行動を見せてくれました。今回は、これまでに宮本浩次に何度もインタビューし親交の深い文筆家でラジオDJのジョー横溝さんに、宮本浩次、初のカバーアルバム『ROMANCE』の魅力を解説してもらいます。


宮本浩次の2020年

出典元:YouTube(宮本浩次)

宮本浩次、初のカバーアルバム『ROMANCE』がリリースされた。それにしても、2020年にスタートした宮本のソロ活動はコロナ禍にもかかわらず精力的、かつ濃厚で、ファンのみならず、お茶の間レベルでも、その歌を耳にする者の心を揺さぶっている。今年3月にファーストソロアルバム『宮本、独歩。』をリリースしたのに続いて、宮本の誕生日である6月12日には『宮本浩次バースデイコンサートat作業場 「宮本、独歩。」』と題して、渾身の無観客配信ライブを行った。

出典元:YouTube(宮本浩次)

そして、9月にはシングル「P.S. I love you」をリリース。(その後、10月には「エレファントカシマシ/日比谷野外音楽堂2020」を敢行)。これで年内の動きは小休止かと思っていたら『ROMANCE』のリリースが待っていた。宮本によるカバー曲が初めて音源になったのはエレファントカシマシのアルバム『STARTING OVER』(08年)内での「翳りゆく部屋」(原曲・荒井由実)だと思う。

宮本の歌唱は化け物級で、しかもここ最近は歳を重ねるごとに声も太くなっていて、ライブを観る度にその歌の凄さに圧倒されてきた。ただ、自分が作った歌を上手く歌えるのはある意味当然とも言える。他人の歌を歌うと真の実力が出る。そして、このカバーアルバム『ROMANCE』では、宮本浩次という歌手の真の凄さ、そして宮本浩次の歌の力が遺憾なく発揮されている。

出典元:YouTube(宮本浩次)

『ROMANCE』に収録されているのは、宮本が愛聴してきた歌謡曲。エレファントカシマシの、時代を切り裂くようなメッセージとは異なった、時代に咲いた花々を宮本がカバーしている。アルバム収録全曲が素晴らしいカバーだが、その中から5曲をピックアップして解説を試みた。

「二人でお酒を」(作詞:山上路夫 / 作曲:平尾昌晃)

梓みちよの1974年のヒット曲。梓が「こんにちは赤ちゃん」のベビーフェイスからのイメージ脱却を図った曲。未練たらたら、“本当はあなたが好き”の本心が言えない強がり女性の気持ちを表現する突っ張った梓の歌唱が印象的。宮本の歌はそこに別の要素が加わっている感じがする。2番の“あなた”の部分がそれで、この女性が想いを寄せる相手の男性の顔が浮かぶような気がしてしまう。男・宮本が歌ったということだけではなく、宮本の歌の表現力がいかに卓越したものかに触れられた気がする。


「木綿のハンカチーフ」(作詞:松本隆 / 作曲:筒美京平)

太田裕美の1975年のヒット曲。この歌のテーマは“ピュアネス”。この歌がヒットした当時の太田は20歳。“都会の絵の具に染まらないで帰って”というピュアネスを歌うのにはちょうどいい年齢だったのだと思う。一方、宮本は現在54歳。この歌を歌うには正直違和感を覚える年齢だ。ところが歌を聴いて驚いた。逆説的でもなんでもなく、“都会の絵の具に染まらないで帰って”が響く。いかに宮本が、歌うこと、音楽をやることに対して純粋に生きてきたかがわかる。最近の音楽人は、音楽で輝くことよりも、良い歌を歌うことよりも、良い演奏をすることよりも人気者であろうとする者が多いように思う。誰かを批判したいわけではないが、宮本の歌手としてのピュアネスが光るカバーだ。


「異邦人」(作詞/作曲:久保田早紀)

久保田早紀の1979年のヒット曲。この曲のサブタイトル<シルクロードのテーマ>からしても、そして久保田は敬虔なクリスチャンであることも含め、この曲には時空を超えた神秘的な空気がある。歌詞もタイムレスな内容で、<古代ギリシャ時代に書かれた詞>と言われても違和感がない。そんな歌の世界観を伸びのある宮本のボーカルが見事に具現化している。が、後半に宮本のシャウトが入る。これが実に素晴らしい。この祈りとも絶望とも言えるシャウトが今=2020年を表している感じがする。2020年に異邦人に刻まれた宮本のシャウトは更に時空を超えて響くはずだ。


「赤いスイートピー」(作詞:松本隆 / 作曲:呉田軽穂)

松田聖子の1982年のヒット曲。本アルバムの中で唯一アレンジを蔦谷好位置が担当している曲(他の曲は小林武史がアレンジを担当)。現代ポップスのマエストロ・蔦谷らしいアレンジで、「現代版・赤いスイートピー」に生まれ変わっている。そこに乗る宮本の素朴とも言える歌唱がとてつもなくいい。熱唱する宮本の歌は、いつだって心揺さぶられるのだが、この曲のような宮本の素朴な歌唱はいつも何かを癒してくれる。ロックは“あなたはそれでいいのか?”という問いだが、ポップスは“あなたはそれでいいんですよ”という癒しがある。エレファントカシマシの宮本は明らかに前者だが、このアルバムの、特にこの曲の宮本は後者だ。この曲の宮本の歌声にどこまでも癒された。


「あなた」(作詞/作曲:小坂明子)


小坂明子の1973年のヒット曲。この曲の背景には“高度経済成長期”があったと記憶している。当時のサラリーマンの夢は戸建てのマイハウス。そんな憧れの景色を歌ったのが「あなた」だったと思う。そこから50年近くの時が流れた。スマートフォン、YouTube、SNSの発達で家族が一緒に過ごす時間は極端に減った。しかも今年はコロナで家族内でもディスタンスを与儀なくされた。そのタイミングでのこのカバー。“私の横にはあなた”の歌詞が刺さる。そして、そんな崩壊しつつある家族の風景も、コロナのディスタンスをも凌駕する宮本の歌の力に感動する。これは単に歌が上手だけではない何かがある。それこそが宮本の生き様ではなかろうか?テクノロジーに翻弄されず、時代に媚びずに生きてきた宮本のブレなさが、この歌に現れて救いとなっている気がする。



原稿を書くために『ROMANCE』を繰り返し聴いていたら、無性に宮本のライブに赴き、その歌を全身で体感したくなった。未だ開催されていないソロのライブが一刻も早く開催されることを祈るとしよう。


オススメプレイリスト


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