よくよく考えたら繋がっていた!? ボブ・ディランと吉幾三とラップ・ミュージック

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風間大洋

ボブ・ディランの来日が迫っている。新型コロナウィルスの影響による開催有無がどうなのか、本稿執筆時点では定かではないのが心配だが、御年78歳、正真正銘のリビング・レジェンドを目の当たりにする機会を心待ちにしている方も多いのではないだろうか。


出典元:YouTube(Bob Dylan)

彼の功績については、改めての説明は不要かもしれない。ローリング・ストーン誌の選ぶ、「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」で第2位(1位はザ・ビートルズ)、「歴史上最も偉大な100人のソングライター」では第1位(2,3位はポール・マッカートニーとジョン・レノン)に選ばれるなど、音楽界での評価はとんでもなく高く、加えてその歌詞の文学性でもって2016年にはノーベル文学賞を受賞したのも記憶に新しい。……なのに、だ。かのビートルズと双璧をなすほどの評価を受けているわりには、日本のファン、特に若めの世代にとってはいまいちピンと来ていない存在なのでは?と思うことがある。


ジョーン・バエズとの共演/ディラン22歳の頃(1963年)

現に80年代生まれの僕の場合、ビートルズの楽曲ならば物心ついた頃にはすでに、それをビートルズだと認識する前に知っていたけれど、ディランの音楽を認識したのは高校生になってからだった。たしか、当時ハマっていたミュージシャンが名盤として紹介していた『追憶のハイウェイ61』を買ってみたのだったかな。もしそこで出会っていなかったら、スルーしたままだった可能性も大いにあると思う。このビートルズとディランの、日本における知名度の差はどこからくるのか。ノーベル賞を受賞するほどの歌詞表現の妙が、英語圏ではない日本人にとってわかりづらいなど、要因はいくつか考えられるが、「あまりサビ感がない」というのも大きいのではないだろうか。



前述した『追憶のハイウェイ61』を聴いてみても、代表曲のひとつ「Like a Rolling Stone」も私的にフェイバリットな「Desolation Row」(邦題:廃墟の街)も、同じフレーズが繰り返し登場して曲が進み、ドラマティックに盛り上げたり、明確でキャッチーだったりするようなサビはない。というかメロディ自体がとてもフワッとしており、歌っているのと喋っているのの中間のような、独特の歌唱スタイルである。そういう音楽性である以上、CM等でお茶の間に浸透したり、スーパーマーケット等で流れるあの謎のインストアレンジされたBGMになったりすることは起きづらいだろう。そのためビートルズ曲(特に初~中期)のように無意識化で刷り込まれ、親しまれることが起きづらかったのだと思う。



そんなサビ感のなさ&メロディの不明瞭な歌、という特徴から考えていくと、現在隆盛を極める、とある音楽ジャンルに辿り着く。ご存知、ラップ・ミュージックである。もちろん、ディラン=ラップの始祖であるというのは無理筋だ。ラップの乗った音楽としてまず思い浮かぶHIP-HOPは、1970年代に発生、80年代にかけて確立されていったとされているから、ディランのこの歌唱スタイルはその影響下にあるわけではなく、むしろ10年以上先駆けて完成させていたことになるし。


出典元:YouTube(Billie Eilish)

ただ、昨今のラッパーに多い、リズミカルであることや韻を踏むことにこだわらないスタイルにも、それをポップスへと昇華させているビリー・アイリッシュなどのシンガー・ソングライターの作品にも、「ほぼ喋ってるような」ものが結構ある。サウンドそのものの派手さや斬新さよりも歌われる内容に重きが置かれるのも同様。直接の文脈としては繋がっていないものの、どこかディランを彷彿とさせる要素を含んでいる、と思うのだ。

さきほど海外に比べると日本のリスナーにはディランが浸透していないのでは、という話を書いたが、では日本の音楽シーンに対してはどんな影響を与えてきたのだろうか。もちろん70年代あたりのフォーク・ブームを辿ればディランの存在がある、というのは置いておいて、“ラップにも通ずる特徴をもった歌唱をする人”という観点で考えた場合。ディランのDNAを感じる日本のアーティストといえば……。僕はここで吉幾三を挙げたい。



吉幾三のイメージといえば、演歌、ワーク◯ン、新日本ハ◯スなど様々だと思うが、彼が1984年11月にリリースしてスマッシュヒットを飛ばした「俺ら東京さ行ぐだ」という曲、聴いたことのある人も多いのではないだろうか。コミカルな津軽訛りと自虐交じりの歌詞で田舎民の悲哀を歌うこの曲、聴けば聴くほどラップなのである。実際、HIP-HOP以前から活動するディランのそれとは違い、「俺ら東京さ行ぐだ」が出た頃にはすでにHIP-HOPカルチャーは生まれていたため、この曲を元祖日本語ラップのヒット曲だとする論調があるし、本人もいち早くラップ・ミュージックに着目していたのだという。



そのラップの秀逸さを裏付けるエピソードとして、リリースから20年以上経ってから某動画投稿サイトをきっかけに、彼のこの曲でのラップ&歌唱が4つ打ち系のビート全般、特にダンスミュージックと異様に親和性が高く、あらゆるオケに違和感なく乗ってしまうことが注目を浴びた、という出来事もあった。ダフト・パンク「Technologic」とCapsule「StarrySky」、ビースティ・ボーイズ「Ch-Check it out」に「俺ら東京さ行ぐだ」を重ねたマッシュアップなど、至高の仕上がりなので探してみてほしい。


出典元:YouTube(zenp)

ただし、「俺ら東京さ行ぐだ」の場合、サビの<俺らこんな村いやだ>のところにキャッチーなメロディがついているので、ディラン的なスタイルというよりはもっと歌モノHIP-HOPな、たとえばエミネムの「Stan feat. Dido」とか、リンキン・パークのようなHIP-HOPから派生したラップ・メタル勢とか、そっちに近い構成ともいえるし、ディラン云々は抜きで“いち早くHIP-HOPを取り入れた先見の明”について語るべき曲かもしれないよな……というようなことを考えながら、吉幾三のディスコグラフィを眺めていたら、あった。見つけた。よりボブ・ディランの香り高い吉幾三ソングを。彼が“吉幾三”名義で初めて世に出した曲、「俺はぜったい!プレスリー」である。



“プレスリー”と言いながらロカビリーサウンドとは程遠く、後の演歌路線とも異なるこの曲は、フォークソングやカントリーの体を成しており、朴訥な調子で歌われるあまり抑揚の無い同じメロディのリフレインが心地よい。完全にディランだ。まるで「Blowin' in the Wind」(邦題:風に吹かれて)じゃないか。そう考えると、デビュー時点からディラン的な歌唱スタイルをものにしていた吉幾三が、数年後に起こったHIP-HOPカルチャーに着目・呼応して彼なりの解釈で生み出したラップ・ミュージックが「俺ら東京さ行ぐだ」である……という図式が成り立つではないか。ディランとHIP-HOPの間のミッシング・リンクを埋める存在は、もしかして吉幾三なのでは…!?



だいぶ飛躍してきたが、まだある。多岐にわたるディランの音楽性の原点はフォークソング、つまり民謡だが、吉幾三の父は民謡歌手であり、吉幾三自身もまた後に演歌路線で大成したことからみるに、ルーツに民謡があることは間違いないだろう。また、元々エルヴィス・プレスリーに憧れていたというディランが、映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』の挿入歌という形で、70年代以降の彼の代表曲のひとつとなる「Knockin' on Heaven's Door」を世に出したその年に、吉幾三は「俺はぜったい!プレスリー」でデビューしており、プレスリー繋がりだけでなく人生の転機まで同じタイミングで訪れている。ディランがノーベル賞を受賞した年には、吉幾三が『日本作曲家協会音楽祭2016』特別選奨を受賞している。両者は何かと縁があるのだ。


出典元:YouTube(TOKUMAJAPAN)

そうそう。吉幾三は昨年、とある楽曲をリリースしている。タイトルは「TSUGARU」。レペゼン青森。思いっきりHIP-HOPなナンバーだ。80’sで軽快なファンクに乗って炸裂する津軽弁ラップは、「俺ら東京さ行ぐだ」の比ではないほど標準語から大きくかけ離れているため、一聴すると何語なのかよく分からないのに妙にクセになる。「俺ら東京さ行ぐだ」から35年、日本語ラップの先駆者としての妙技と矜持が味わえる一曲だ(悪ノリすれすれなビジュアルも一見の価値ありです)。

正直、ボブ・ディランのファンや吉幾三のファンの方がこのテキストを読んで満足していただけるかどうかは、甚だ疑問である。がしかし、たまたま読んでしまったあなたが両者の音楽に触れるきっかけとなるならば、これ幸い。どちらも強烈な個性をもったシンガー・ソングライターとして、案外遠くない要素を持ちつつ、およそ半世紀にわたって活躍するレジェンドであることは間違いないのだから。




風間大洋

ウェブサイト「SPICE」で音楽ジャンル編集長を務める傍ら、フリーランスとしてライター・編集、撮影、動画の企画なども。1982年生まれ。趣味・興味の範囲は相当広いタイプです。 https://twitter.com/zamax69

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