令和世代の新しい〈春うた〉名曲選

春もたけなわ。春は、一年でも情緒的な歌が一番歌われている季節です。「卒業ソング」「桜ソング」「新生活ソング」などなど、皆さんの中にも記憶に残る曲があることでしょう。今回はそんな〈春うた〉の中でも、令和になってから発表された〈春うた〉を紹介します。若い世代の中で人気の〈春うた〉の世界に耳を傾けてみましょう。
拝啓、桜舞い散るこの日に/まふまふ(令和元年)
出典元:YouTube(まふまふちゃんねる)
昨年のNHK『紅白歌合戦』に初出場した“歌い手”のまふまふ。ジェンダーレスな美しいビジュアルに加え、男性とは思えない透明感ある高音域を持つ歌声に引き込まれた人も多かったのではないでしょうか。そんなまふまふの「拝啓、桜舞い散るこの日に」は、学校を舞台に甘酸っぱい想い出が蘇ってくる歌詞が散りばめられています。そして、低音から高音まで自由自在に奏でるまふまふの歌声と、切なくも疾走感あふれるロックサウンドが重なり合った切実な世界観が魅力的な楽曲です。まさに新しい時代の〈卒業ソング〉を代表する一曲になっています。またミュージックビデオは、少年ジャンプ&少年マガジン連載作品18タイトルから総勢150人以上のキャラクターが登場。学校を舞台に「拝啓、桜舞い散るこの日に」の歌詞を脚本に、キャラクターたちが自由奔放に躍動しています。奇跡のコラボレーションとなっているので、見逃している人は必見です。
桜晴/優里(令和3年)
出典元:YouTube(優里 Official YouTube Channel)
令和の卒業ソングをもう1曲ご紹介します。切なく心に訴えかける楽曲が人気で、音楽ストリーミングランキングの上位に常にチャートインするシンガーソングライター・優里の初の卒業ソングが「桜晴」。卒業を迎えた主人公の両親や、友人への深い感謝の気持ちを歌っています。少し照れ臭くなるような歌詞もありますが、高校を中退した優里にとって特別な気持ちが込められているのかもしれません。普段は言葉にできない感情を「桜晴」を通じて発見してみてください。
春を告げる/yama(令和2年)
出典元:YouTube(THE FIRST TAKE)
春の始まりに聴いてみたい〈令和世代の春うた〉はyamaの「春を告げる」です。疾走感あるメロディに春の訪れを感じますが、タイトルとは裏腹に、歌詞に春めいた言葉は一切でてきません。それどころか、この歌は〈深夜東京の6畳半〉という小さな部屋で、孤独を感じている主人公の心の言葉が吐き出されていく曲となっています。そして「そんな主人公に春が訪れるだろうか」という逆説的なタイトルになっているのです。本来であれば〈春うた〉ではないかもしれません。ただオリジナルとTHE FIRST TAKEのミュージックビデオを合算すると、なんと1億2000万回もの再生となっているほど支持されたこの曲。若い世代にとって「春を告げる」は一番馴染みのある〈春うた〉になっているのでしょう。
春/折坂悠太(令和2年)
出典元:YouTube(折坂悠太)
春の訪れを感じたら、折坂悠太の「春」を是非聴いてみましょう。緩やかなメロディと、わずか90文字の短い歌詞に春が凝縮されたこの曲は「春うらら」という言葉がぴったりです。遠くにまるで薄雲がかかったような春特有の景色を見事に表現しているこの曲は、何度もリピートしてしまうような中毒性を併せ持っています。〈確かじゃないけど 春かもしれない〉。繰り返されるこの歌詞は、短いフレーズながら待ち侘びた春への想いがたくさん詰まっています。
春/カネヨリマサル(令和3年)
出典元:YouTube(カネヨリマサル)
大阪を拠点に活動する注目の3ピースガールズバンド・カネヨリマサル。「別れ」の季節でもある春。春の訪れとともに終わっていく恋への心情を日記に書かれた言葉のように描いています。〈手をつないだ寒い季節と二人は 終わったらしい〉という歌詞で恋の終わりを認めたくない心情を、〈もう春らしい もう冬は終わったらしい〉という歌詞では楽しかった冬が終わったことを認めないといけないという現実を描いています。このふたつの〈らしい〉で、主人公の気持ちの移ろいがヒリヒリと伝わってきます。そんな心情を表現するギターの音やベースライン、ドラムのリズムなどバンドアンサンブルにも注目です。
桜が降る夜は/あいみょん(令和3年)
出典元:YouTube(あいみょん)
〈4月の夜はまだ少し寒いね〉と好きな人に語りかける歌詞で始まる「桜が降る夜は」。満開の桜まで、あともう少しという夜にぴったりの曲です。あいみょんの歌詞で描かれる男女間の絶妙な空気感や、大人の恋愛における独特な視点での表現にはいつもドキリとさせられます。「桜が降る夜は」ではこれまでの歌とは少し違い、まだ好きという気持ちを伝えられない主人公の〈桜が降る夜は 貴方に会いたい、と思います〉という健気な想いが歌われています。ただ、そこからは一気に恋する熱い想いを吐露していくのです。
どうして?と聞かれても
分からないのが恋で
この体ごと貴方に恋してる
それだけは分かるのです
このあたりのなんとも言えない表現が、あいみょんの大きな魅力の一つなのでしょう。〈桜が降る夜は〉は、春真っ盛りのいま恋をしている人は、是非向き合って欲しい曲です。ちなみに2021年に発表された「桜が降る夜は」は、あいみょんが22歳の時に作った曲です。現在形のあいみょんと聴き比べてみるのも発見があるかもしれません。
春中夢/なきごと(令和3年)
出典元:YouTube(murffin discs)
あいみょんの「桜が降る夜は」とは違った春の夜を歌ったのが、水上えみり(Vo.&Gt)と岡田安未(Gt&Cho)の2人組ロックバンド・なきごとの「春中夢」です。揺れるようなギター音と急にギターブレイクする音像が印象深い冒頭に続き、やがてすべての音が無音となり、ボーカルの声だけがエモーショナルに響き始めます。 まるで夢うつつな春の夜が、目の前に立ち上がってくるような感覚を感じさせられます。曲のラストに向けて2人のギターの音が激しく重なりあう様は、まるで風で舞い散る夜の桜の様を感じます。初めて聴いた時から、何度も何度もリピートしていた「春中夢」。皆さんも、春の夜に潜む空気を感じてみてください。
春の羅針/adieu(令和3年)
出典元:YouTube(adieu [ 上白石萌歌 ] official YouTube channel)
「桜が降る夜は」と同じように、春の夜を歌っているのがadieuの「春の羅針」です。と言っても、具体的な夜のシチュエーションというより、それぞれの心象風景としての春の夜に寄り添ってくれるような温かさに包まれた曲になっています。季節が刻々と移りゆく春は、人々の気持ちをざわつかせます。そんな時に「春の羅針」は、気持ちを整えてくれる曲になるかもしれません。君島大空の繊細な歌詞と音数が少なくも時間の流れを感じるメロディに、浮遊感漂うadieuの歌声が織りなす「春の羅針」。あなたの羅針盤になってくれるこの曲に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
春泥棒/ヨルシカ(令和3年)
出典元:YouTube(ヨルシカ / n-buna Official)
心踊った桜の季節もそろそろ終わり。街の空気はきらきらしているのに切なくなります。そんな情景を歌った桜ソングはたくさんあります。ケツメイシの「さくら」、中島美嘉の「桜色舞うころ」、いきものがかりの「SAKURA」など、桜の季節の終わりをエモーショナルに歌う。胸に沁みる代表的な歌です。ヨルシカの「春泥棒」もまた、散りゆく桜に想いを寄せた歌ですが、実は歌詞に桜という言葉は一切ないのです。それなのに、桜の情景を濃厚に感じる歌になっています。
花ももう終わる 明日も会いに行く
春がもう終わる 名残るように時間が散っていく
主人公は美しい桜に心を奪われた時間に、散りゆく花びらに重ねて愛しみます。そして季節の終わりの瞬間をつぶさに見つめ、丁寧にそして情緒的に描写される「春泥棒」に心を奪われます。そして、この歌物語が完結するラストには〈春仕舞い〉という言葉が使われています。こんな表現ができるのもヨルシカの魅力です。
花見は僕らだけ 散るなまだ春吹雪
あともう少しだけ もう数えられるだけ
あと花二つだけ
もう花一つだけ
ただ葉が残るだけ
はらり 今、春仕舞い
この文学的な歌詞を絶妙に香り立たせている suis の淡く溶けるような声色と、軽やかなギターとピアノのメロディラインもじっくり味わってみてください。