ano “猫猫吐吐” 全曲解説|音楽でも爆発するあのちゃんの才能

ano “猫猫吐吐” 全曲解説|音楽でも爆発するあのちゃんの才能
沖 さやこ
沖 さやこ

今年最も飛躍した著名人と言ってもいいのではないだろうか。いまやメディアで見掛けない日はないというほどに、飛ぶ鳥を落とす勢いの “あのちゃん” こと、あの。2022年11月にリリースした「ちゅ、多様性。」のヒットとSNSバズを追い風にCMやTV番組へ引っ張りだことなり、2023年は主演映画の公開、マクドナルドとのタイアップソングのリリース、「第65回 輝く!日本レコード大賞」特別賞の受賞、「NHK紅白歌合戦」初出場など、話題に事欠かない。今回はそんな彼女の “ano” としての音楽活動にフォーカスしてみよう。

音楽・タレント・モデル・俳優など、多彩に活躍するマルチアーティスト “ano”

音楽・タレント・モデル・俳優と多岐にわたって活動する彼女の表現活動の軸は音楽だ。現在彼女はano名義でソロアーティストとして、ロックバンドI’sでギターボーカルとして、ふたつの音楽活動を行っている。

アイドルグループのメンバーとして世に出た彼女は、当時から抜群の存在感を放っていた。ストッパーという概念がない衝動的なパフォーマンス、醸し出される刹那的なムードはアイドルシーンにおいてかなり異端で、このままふっと消えてしまうのではないかと感じるほどの危うさに目が離せなかった。突然のグループ脱退から約1年後、彼女は2020年9月に活動を再開する。インディーズでソロとして初めての楽曲「デリート」をリリースし、翌10月には初の冠番組がスタートするなど、新たな人生を歩み始めた。

彼女の知名度を格段に上げたのは、2021年10月に放送された『水曜日のダウンタウン』での企画「『ラヴィット!』の女性ゲストを大喜利芸人軍団が遠隔操作すれば、レギュラーメンバーより笑い取れる説」だろう。飄々としたクールな佇まいと特徴的な声色・語り口に、実力派芸人の大喜利回答が加わるという個性と個性のぶつかり合いはSNSをはじめ各所で大きな話題となった。

独自のポップネスを確立させた「ちゅ、多様性。」のヒット

タレントとして知名度を高めるなかで、彼女は2022年4月にメジャーデビューを果たす。彼女の音楽活動に一気に注目が集めたきっかけは、同年秋に放送されたTVアニメ『チェンソーマン』のタイアップに彼女の楽曲が起用されたことだろう。同アニメは全12話のエンディング・テーマをすべて異なるアーティストが担当し、anoは第7話のエンディングを務めた。その楽曲が「ちゅ、多様性。」である。

“主人公のデンジが、泥酔した先輩の姫野にキスをされ、その瞬間に嘔吐される” というシーンをキャッチーに表現した同曲はアニメファンに衝撃を与えただけでなく、“Get on Chu!(ゲロチュー)” というキュート×グロテスクなワードが大きなインパクトを残し、多くの人々の記憶に刻まれた。さらにパワーパフボーイズが振り付けを手掛けた “ゲロチューダンス” はSNSで流行。個性的な彼女のキャラクターも手伝って、たちまちパンクスピリットを携えたポップアイコンとしての立場を強固なものとしたのだ。

こうして彼女の活動を振り返ってみると、一貫していることがある。それは “anoのポップネスとは、対極に位置するもの同士の融合で出来上がっている” ということだ。「ちゅ、多様性。」は “かわいい” を全開にしたからこそ、その振れ幅の広さがキャッチーに響き、多くの人の心を掴んだと言っていい。その特性は12月13日にリリースされた1stフルアルバム『猫猫吐吐』(読み:ニャンニャンオェー)にも発揮されている。

アルバムタイトルは、彼女がゲーム上で10年前から使用しているユーザーネームからつけられた。TAKU INOUEを筆頭に、クリープハイプの尾崎世界観、神聖かまってちゃんのの子、水曜日のカンパネラのケンモチヒデフミ、VOCALOIDクリエイターのChinozoなどの力を借りながら、自身の持つ様々な感情や人生を昇華させた楽曲たちは、どれもいびつでありながらしっかりと “ポップソング” に着地している。

彼女の曲に投影されるのは、いくら少数派であったとしても、糾弾されることがあったとしても、自分であることは決して諦めない、自分自身を手放さないという強い意志だ。傷つきながらも自分らしく懸命に生きる彼女の姿は、心が折れそうになりながらも生きようとする人の希望にもなっていることだろう。1曲1曲に刻まれた彼女の美学と生き様を、アルバムを通して感じてほしい。

<ano 1st Album 『猫猫吐吐』 全曲解説>

【猫猫吐吐 -猫猫-】

2022年以降にリリースされたデジタルシングルに加え、新曲をふんだんに詰め込んだ“DISC1”。ポップでありながらパンキッシュ、かつバラエティに富んだanoワールドが堪能できる。

●1.「猫吐序曲」


動物の咀嚼音と、不穏な讃美歌のようなコーラスが織りなすイントロダクション。約30秒という短尺で、リスナーをキュートかつカオスな世界観へといざなっていく。

●2.「猫吐極楽音頭」

作詞:あの 作曲:TAKU INOUE、真部脩一、あの

ノイジーなギターで幕を開けると、ポエトリーリーディングが展開し、その後トリッキーなサウンドを用いたかと思えば、「猫猫吐吐」と連呼するキャッチーなサビ、シンフォニックなセクション、浮遊感に富んだセクションなど、息つく間もないほどに目まぐるしく変化していく一曲。anoの多面性とユーモアセンスが凝縮されたリードトラック。

●3.「ちゅ、多様性。」

作詞:あの、真部脩一 作曲:真部脩一 編曲:TAKU INOUE

TVアニメ『チェンソーマン』第7話エンディング・テーマ。テクニカルで小気味よいバンドサウンドは、真部が2012年まで所属していた相対性理論の初期を彷彿とさせる。アニメ・MV・音楽性、あののキャラクターなど、間口の広さもヒットにつながった。

●4.「涙くん、今日もおはようっ」

作詞:の子、あの 作曲:の子 編曲:TAKU INOUE

バンダイ『Tamagotchi Uni』テレビCMソング。“不登校” や “音楽に救われた経験” といった複数の共通項を持つanoとの子だからこそ描けるピュアでリアルな詞世界は、一つひとつが説得力に満ちていて感動的。無邪気なメロディと迸るボーカルが、さらに歌詞に込めた思いを輝かせている。

●5.「普変」

作詞・作曲:尾崎世界観(クリープハイプ) 編曲:TAKU INOUE

anoが学生生活や社会の感覚に馴染めず苦しんだ過去を落とし込んだ、軽やかなギターロックナンバー。“普通じゃないことが普通”であることで苦しんできた彼女を、“不変”や“普遍”と掛けて“普変”という造語に着地させるコピーライトセンス、感情の殴り書きと歌詞のバランスのぎりぎりのラインを攻めた作詞など、尾崎の作家としての手腕も光る。

●6.「AIDA」

作詞:あの 作曲:TAKU INOUE

メジャーデビュー曲にして、Netflixアニメ『TIGER & BUNNY2』エンディングテーマ。“相手を愛するがゆえに生まれてしまうすれ違い” に対する素直な思いをまっすぐに歌う。エモーショナルなバンドサウンドは、新しい世界へと歩みだしてゆく彼女の力強い足取りを体現するようだ。

●7.「コミュ賞センセーション」


作詞:Chinozo、あの 作曲:Chinozo

円滑な会話ができず、コミュニケーションがうまく取れない人間のジレンマと本音をユーモラスに綴ると同時に、anoが音楽を軸に置く理由、自分と同じような悩みを抱える人々への鼓舞も表現した、キュートでありながらも力強いナンバー。アルバム折り返し地点の場面転換としても効果的に機能している。


 
●8.「スマイルあげない」

作詞・作曲:ケンモチヒデフミ、あの

『マクドナルド』タイアップソング。マクドナルドを題材にした歌詞にはanoの天邪鬼なキャラクターや懸命に生きる姿が投影されている。キャッチーかつ毒気のあるサウンドも、歌詞と親和性が高い。

●9.「Tell Me Why」


作詞:あの 作曲:TAKU INOUE

今作で最も抽象性が高く、anoが持つ儚さが抽出されたダンスナンバー。ミステリアスでスタイリッシュな空気感のサウンドは、夢か現実か、浮かんでいるのか沈んでいるのかわからない、曖昧で刹那的な空間を漂うような心地よさ。“あのちゃん” ではなかなか見られないアプローチである。

●10.「ンーィテンブセ」

作詞:あの 作曲・編曲:ANCHOR

映画『メイヘムガールズ』主題歌。ナンバーガールの「透明少女」を彷彿とさせる爽やかなイントロから、なめらかにメロディアスなロックサウンドへとなだれ込む。17歳の抱く閉塞感、衝動と混乱を瑞々しく切り取った、ストレートなロックナンバー。腹の底から感情を吐き出すボーカルが耳に残る。

●11.「鯨の骨」


作詞・作曲:あの

あのが主演を務めた映画『鯨の骨』の主題歌。映画撮影中に楽曲制作が進められたという。スケールの大きなバンドサウンドと透明感のあるボーカル、潤いを帯びたコーラス、溶けるような歌い回しなど、歌詞にある《きらきら消える》そのものと言うべきサウンドスケープは、エンドロールに相応しい。

【猫猫吐吐 -吐吐-】

2020年のソロデビューからの2年間でインディーズリリースされたデジタルシングルに、2021年に発表された未配信楽曲を収録した “DISC2”。ロック色の強い楽曲が多く、anoの創作欲求の原点が詰まっている。

●1.「デリート」

作詞:あの 作曲:TAKU INOUE

ソロとして初の楽曲。グループを脱退し、部屋にこもっていた時期に制作された楽曲のうちのひとつだという。感情を吐き出す歌詞と、つんのめるようなバンドサウンドのスリリングな交錯に息を呑む。

●2.「Peek a boo」

作詞:あの 作曲:TAKU INOUE

「デリート」と同時期に作られた楽曲。気だるさと、エッジの効いた演奏・シャウトとのコントラスト、パンクとキュートが拮抗したサウンドデザインなど、どこを切り取っても小気味よい。ano流の凛々しさとも言い換えられる。

●3.「SWEETSIDE SUICIDE」

作詞・作曲:あの

オルタナティブ・ロックやインディー・ロックの系譜を踏んだ子守唄のような心地よさと、メランコリックな穏やかさが融合した、感傷的なミドルナンバー。彼女の心の奥深くに触れられる。

●4.「アパシー」

作詞・作曲:柊キライ

混乱した感情を綴った歌詞、軽快な言葉の響き、ダークかつユーモラスなサウンドが巧妙に混ざり合う。ダークな楽曲に定評のある柊キライから見た、ano像が存分に表現された楽曲と言っていいだろう。

●5.「絶対小悪魔コーデ」

作詞・作曲:すりぃ

小気味よいリズムと歌謡曲風のマイナーキーのメロディに乗せて、自分の気持ちに合わせて身に纏いたいファッションを追求するというスタンスを歌い上げる。サビ前の “絶対小悪魔” テイストな歌い回しも痛快。

●6.「F Wonderful World」

作詞:あの 作曲:TAKU INOUE

ラップをベースにした痛快なボーカルと、アバンギャルドなシンセサウンドが独特の中毒性を生み出す。おどけたような内容の歌詞に散りばめられた信念は、彼女が音楽に向き合う姿勢とも言い換えられるのではないだろうか。

●7.「イート・スリープ・エスケープ」


作詞:あの/作曲:TAKU INOUE

スマートフォン向けアクションRPG『ドラガリアロスト』テーマソング。渋谷系テイストのサウンドとドラムンベースが融合したアレンジは、奇抜でありながらも清涼感に溢れる。自由奔放な佇まいを感じさせるボーカルも非常に神秘的だ。

沖 さやこ
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